まるで世迷の後始末
森芽高校深夜放送部。それは仮にも在学生に不適切な生活習慣を遅らせる謎めいた部活であり、健全な精神と肉体の形成には到底役立たなそうな活動でもある。だが部活動でありながらこの町一帯に放送をするという点で独自性があり、情報収集や知名度を上げる点においてはこの部活に勝るものはない。
「クラッカー、持ってきた方が良かったね」
午後の昼休み、俺達は部室に集まってのんびりとした時間を過ごしていた。勿論傍から見れば、俺が独り言を呟いているだけ。
「なんでだ?」
「昨日で一か月終了。ワタシ達は最初の月を無事終えられたんだから多少なりとも祝ったっていいでしょ? 最初の放送はちょっと問題続きだったけど、それからは結構平和に済んだわね」
「まあ、そうだな。本来ラジオ放送って調査とかしないし正直適当に雑談するだけっていうか……コーナーを何個か用意出来たらもっと楽なんだけど、あまりいい案がないのが現状だ」
「この学校の人だけじゃなくて周りに住んでる大人の人も聞ける放送だから、身内ノリはやり辛いのよね。だから募集したお題に対するエピソードを紹介したり、額にお題を募集してワタシ達で話したり……キミには随分負担をかけてるけど、どう? 楽しい?」
「当たり前だろ。中学校から空気を読む能力がようやく生まれてきて、二人きりじゃない時はお前と喋らないし周りに人が居ても喋らない、たとえお前が話しかけてきても無視するって決めて……お互い合意の上での取り決めだから今更蒸し返すみたいだけど、正直ちょっと罪悪感があったんだ」
そして口には出さないだけで怒りもあった。何故配慮を俺がしなければいけないのかという傲慢な怒りは今もくすぶっているし、周囲の態度次第ではきっと爆発してしまう事も分かっている。俺にとって一魅は普通の女の子で、配慮を求められるような謂れなんてないのだ、それをどうして……俺の方が寄り添わないといけないのかと。
「俺はお前を普通の人として扱ってる。だってそう見えてるんだから仕方ないよな。けどみんなには見えないのも分かってるから、俺が異常者として見られない為にも取り決めが必要……なんて。おかしいだろそんなの」
だから透明人間を調査していた時に職員室でしてくれたちょっかいは、凄く良かった。本当はもっとああいう風にコミュニケーションを取りたいのだ、俺だって。
「でもラジオ収録の間なら誰もお前が見えるか見えないかなんて気にしない。声は聞こえるし、何よりその声が好評だからな。クラスメイトからはもっと喋らせろって文句が出るくらいには好評だ。真面目な話、俺が相槌すら打たなくてもお前が勝手に喋ってたらそれだけで満足するんじゃないか?」
「自分で言うのもどうかと思うけど、別に普通の声よ。ワタシでそこまで騒ぐんだったらちょっと男子に女子の耐性がなさすぎるんじゃない? キミだってそう思うよね?」
「んー……まあ、確かに。聞いてて落ち着く声ではあるけど、騒ぐのは違うな」
尤も、これは他クラスの生徒や先輩を含めた人間の意見だ。校外の人間からどう聞こえているかは分からないし、現状聞く予定はない。聞ける人も知り合いだと……作家先生と、もう一人くらいか。
「でも女子に対する耐性がないってのもおかしな話じゃないか? みんな彼女が居るんだから耐性は嫌でもつくだろ。っていうか彼女の声には何も反応しないのか?」
これはこれで謎という扱いにも出来るが、またお題として多数集まらない限りは調べるつもりもない。リスナーの満足度は疑問に対して正確な解答を出すところにあるのではなく、一魅の喋る量によって増減する。残念ながら俺達は調査機関ではないのだ。
「っていうか、声がいいってのは男どころか女子からも言われるんだ。この話はそもそも破綻してたな」
一魅は複雑そうな表情で眉を顰めると、空になったお弁当箱に蓋をした。
「―――手放しに褒められすぎて逆にあまり嬉しくないわ。ワタシが嬉しいのはもっとこう一人の人間に半ば支配されるかのような執着を……」
「こらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
部室が突然騒がしくなったのは決してチャイムのせいではない。たった一人の人間がまるでここを駆け込み寺かのように勘違いした勢いで突入してきたせいだ。
「うわああああああああ!」
「神坂守命君! 私は正式に貴方に苦情を入れます!」
「え! え! え! な、何? 何だ?」
「騒がしい昼休みね。扉、壊れてないといいけど」
確かにそれくらいの勢いはあった。奇襲をかけてきた張本人こと花影はわざと大きな足音を立てて俺に近づくと、机を震える手で力いっぱい叩いた。バンという大きな音に身体が反応して俺の身体が跳ねる。
―――ち、近いな!
やっぱりこの子はトラブルの種になりかねない。限界まで両手を後ろに下げて接触を避けようとしているのに、それを闘争と受け取ったのか彼女はどんどん顔を近づけてきて……俺の背骨が限界まで屈曲したところでようやく止まった。
「助けてくれたのは感謝してる! 貴方が居なかったら私が透明人間になって皆から忘れ去られたかもしれないから、その点はありがとう!」
「ど、どうも」
「でも…………や、やりすぎ! せめて後始末してよ! 変な感じになっちゃったじゃん!」
「…………な、何が?」
頑張れば思い当たりそうだがこの極限状況で頭を働かせろなんて無茶はどうか勘弁してほしい。そんな必死の思いからの一言だったが顔を真っ赤にして怒りに燃える花影には逆上の燃料にしかならなかったようだ。
「アンタが私の彼氏とか何とか言ってくれちゃったせいで、フラれちゃったんだからー! うわああああああん!」
そうして遂に、泣き出した。
「…………」
心当たりはある。花影に危険を伝える為にどうしても現在地を知る必要があって水泳部の顧問にそんな嘘を吐いた。事件は無事解決したが、嘘の後始末は……全くしていない。解決する方法が思いつかったのだ。放送でこそ言わなかったが透明化は恋人を作れば避けられる……つまり嘘であろうと透明人間から見て恋人が居るように見えればリスクはゼロになると考えて。
一か月もトラブルの火種にならなかったので忘れていたのもまた事実だ。それが……こんな形で爆発するなんて。
「うわあああああああああああああああああああ…………!」
「ひ、一魅! 慰めてくれないか?」
「別にいいけど、声かけだけは自分でやって」
「な、何?」
「ワタシがやっても認識されない。花影サンの怒りを鎮めたかったら恩を売らないと」
「ぐす……ぐす…………ありがと…………」
「気にするなって。べ、別に」
俺がやってる訳じゃないし、と真実を見通す目が彼女の背中を見遣る。一魅が背中を擦っているのに感謝されるのが俺なんて世の中間違っている。女子に触れないのは単なる俺のトラウマとはいえ……そのせいで一魅を体よく利用するような形になるのも不本意だ。今まで良しとしてきたが、改善について前向きに検討する必要があるかもしれない。
「えっと……ごめん。本当に」
「ごめんじゃすまないよ! せっかく先輩とお近づきになるチャンスを得て、勇気を出して告白したら彼氏が居るって聞いたって……彼氏が居るのに告白するような尻の軽い子は嫌いだって……うううう」
「…………今まで彼氏が居ないのは単に縁がなかっただけなんだな。告白とかはされなかったのか?」
「された事はあるけど……好きじゃないのに付き合うなんて変でしょ。交際経験はあるんだけど、長続きしないの。うちのお兄ちゃんが…………別れさせてくるから」
「別れさせる?」
「自分よりいい男じゃないと認めないって……しかも、高校卒業までに彼氏が出来なかったら自分が彼氏になるとか言い出す奴でさ。信じられなくない!?」
中々滅茶苦茶な事を言う兄だとは思う。俺に兄弟は居ないけど、もし似たような事を言う奴が居たら気持ち悪くて家族だとすら言いたくない。花影の兄にしても、保護感情から言っているのかもしれないが妹の人生に影響を与えすぎだ。
「先輩は、お兄ちゃんも認めてくれるかなって思えるくらい凄い人だったんだよ! でも神坂守命君のせいで……全部台無し。私をあの時助ける為だったってのは分かってるから、謝ってほしいとかじゃないんだけど……その」
身体が触れないように気を払いながらハンカチで涙を拭ってあげると、彼女は泣き腫らした上目遣いと共に軽く頭を下げた。
「お兄ちゃんを騙す為に協力してくれない? ……し、暫く本物の彼氏として振舞ってほしいんだ」




