奇異の瞳に晒される
「無理だよもう! 俺に出来る訳ない! うわああああああ!」
「ワタシが他の人に見えないからって奇行に走るのはやめてよ。友達でいる事が馬鹿らしくなってくるから」
普段、俺が一魅にこのような相談を持ちかける事はない。仲が良いからと姿の見えない彼女にばかり頼るのは結果的に俺を孤立させ、いよいよ異常者の烙印を押されてしまうとかつて心配されたからだ。かといってこの話は他のクラスメイトにも出来ない。秘密は三人以上に共有された瞬間から秘密とは呼べなくなるなんて有名すぎる話だ。花影は万が一にも偽物の彼氏を用意して兄を騙そうという作戦がバレてほしくないと思ったからわざわざ部室に来た……勿論苦情ついでに。
その努力を俺が無意味にするのはいただけない。
「結局放課後になっても名案は浮かばなかった訳だけど、どうするつもり?」
「…………どうも出来ない。どうしよう」
姫篠に相談しようかと思ったがこの馬鹿らしい話を信じてもらうにはまず透明化の秘匿情報から話さないといけない。じゃないとトラウマを気遣ってくれている彼女を馬鹿にしているみたいだし、トラウマ自体が嘘だったという風潮になれば男子からのドッキリの対象にもなりかねない。
そこには致死性もなければ規模も必要ない。背中を叩くくらいだったら女子だって喜んで協力する。問題は俺にとってそれが致命的というだけ。そうでなければ放課後になっても部室に留まる理由がなかった。
「恋人になるって事は手とか繋ぐんだよな。見せかけだからキスとかはなしにしても、手を繋ぐのは流石に証明として最低限必要で……無理だ! どう考えても出来ない!」
脳みそが先行してトラウマを体験し、手がしきりに机を叩く。これは俺の意思じゃない、彼氏として振舞った際にどうなるかをどうシミュレートしても失敗する未来しか見えなくて落ち着かない。一魅がお試しと言わんばかりに手を差し出してきたが、彼女と手を繋いだって問題が解決する訳じゃない。
「身体接触の伴わない恋人偽装ってどうすりゃいいんだ? なあ一魅、頼む。俺に知恵袋を……授けてくれ」
「と言われても、ワタシも特殊な人間だから参考に出来るような話は何も出来ないよ。触れないではなくそもそも視えないんだし、何ならキミ以上にワタシが教えて欲しい側なんじゃない?」
「…………そう、だよな。でも他の人を頼るったって、俺のトラウマを知ってる奴にこの話をするともう話がややこしくなるっていうかさ……」
「誰か頼れる人は本当に居ないの?」
「…………まあ、居ない事もないけど。背に腹は代えられないのかな。あの人、話長いんだよな」
嫌いとは言わないが、面倒くさい。
悪意はないが、打算的ではある。
頼りたくないが、信じられる。
このややこしい事情を話せて且つアドバイスをくれそうな人なのは間違いないのだが、どうしてか嫌な予感がするのだ。好意的な印象を持った人間に対する予感ではないのに。
「……ワタシは君の私生活に首はツッコまないわ。好きにすればいいと思うけど、くれぐれも忘れないでよ。この依頼、断っても粘着されるんだからね」
「分かってるよ! そんなの……だから悩んでるんじゃないか!」
花影にしてみれば俺しか頼れるアテがないのも分かる。嘘の彼氏を名乗った俺に尻拭いしてもらおうと考えるのは当然の判断で、これを断ったとしても彼女は何とか俺の協力を取り付けるしかない。
―――恨むぞ、透明化め。
恋人が居れば防げるなんて訳の分からん条件が真実だと思ったから俺はあんな嘘に頼ったのだ。あれから一か月、透明化の被害はまるで報告されていない(というのもそれはそれで変だが)ので先生が教えてくれた対処法は現状有効だったと言わざるを得ない。だからあの嘘を後悔すべきかと言われたら、それも違うのだ。
「花影が困ったのは俺のせいだから、迅速に話を解決させた方が良いのは分かってる。今日のラジオでそれを話そうかな」
「え? 彼氏役を頼まれた話をするの?」
「そうだけどそうじゃないっ。いい感じにぼかして話すんだよ。まあそれだけで位置時間保つとも思ってないから、募集箱にも頼らなきゃな。お題は出してないけど、箱の入りはどうだった?」
「さっき確認した限りではぼちぼち。一時間くらいなら問題なさそう。ただ……透明化の一件が調査を伴ったせいか同じように調査をしないといけなさそうなお便りもちらほら見かけたわ」
「調査とかやだよ! あのお題は幾らなんでも投稿が被り過ぎだったのと、お前と状況が似てそうだったからやっただけだから! うちは深夜に放送してまだ起きてる人を頑張って楽しませる部活であって探偵事務所じゃないからな!」
本音を言うなら”見えないクラスメイトのハナシ”は全容を解明したとは言い難く、まだまだ未知の危険が眠っているのであれ以上調査をしたくない。命の危険があったかもしれない事まで加味すると、他の調査だって余程どうでも良さそうな話じゃない限りは首を突っ込むべきではない。
内なる恐怖と向き合っていたら、いつの間にか対面から一魅の姿が無くなっていた。何処へ行ったのかと周囲を見回すと彼女の後姿が物置に移動していた。俺が居ない内にまた作ったのだろうかと遠巻きに観察していると彼女は手に何かを隠しながらこちらに戻ってくる。
俺の膝に、真っ黒い紙を置いた。
「…………これは?」
「物置にあったの、多分お札だと思うんだけどすっかり燃え尽きてると思わない?」
「……こんなのあったっけ? まさかと思うけど壁に張り付いてたのか?」
「さあ? ワタシも花影さんを保護した時にたまたま見つけただけ。不穏なのは間違いないから、他の人の調査を受けるくらいだったらこの部活について調べるべきかもね。この部活の存続自体―――不思議だと言えるし」
「それで僕のところに来たのか! 神坂の子供は中々突飛な発想をするな」
仇華討乃介の宿を知っているのは俺くらいだろう。誰もこの、少々変わった作家と進んで関係を持とうとは思わない。知り合った経緯については恥ずかしいので話したくもならないが……一魅関連だと言えば、言わなくても察しはつくだろう。
父さんもこんな変な人と良く連絡先なんて交換しているな……なんて今は言うべきではない。
「いつになったら俺の名前を憶えてくれるんですか?」
「不満かね? だが僕が名前を憶えない理由だって何度も言った筈だ。君もそれを覚えないのはちょっと問題があるんじゃないか自明君」
「説明するまでもないってそんな事ないですよね! はぁ、まあいいや。今日はこんな漫才に付き合ってる場合じゃないんです。命の危機があって」
「では警察に連絡を……おい、君のそれは携帯電話だな! 使い方をお父さんから教わらなかったのか!」
「警察にこんな話出来るか! 先生、お願いしますよ。俺には先生しか頼る先がなくて……こ~んなアホらしい馬鹿らしい話をもう抱えたままなのは堪えられなくて」
「……ならば部屋に来たまえ。旅館の広間で話すような事でもないだろう」
先生の背中に合わせてついていく合間、旅館の様子をそれとなく確認する。こんな山に囲まれてるような場所に来る物好きは決して多くない。自然を感じたいならベストだが、それ以外に来訪目的があるとすれば神社か祭りか……今はそんな時期でもないから、受付の人も暇を持て余し欠伸をしているくらいだ。
繁忙期になれば釣りにばかり出かける宿の主人なんかも帰ってくるからお客さんと合わせて少しは賑わうだろう。今はもう、殆どこの人の家みたいだ。
「先生、揉めてないですか? 他のお客さんとトラブルになったらさっさと追い出されますよ」
「それに関しては問題ない。トラブルになりづらいような部屋を取っているんだ。ずばり……角部屋の話だが! この旅館の売りと言えば温泉で、人気の部屋はどうしても温泉に近ければいいとなるからなあ。深夜にラジオを聞いていたって誰も文句は言わんさ」
「ラジオ、聞いてくれてるんですね」
「最近の放送は退屈だが、初回は良かったぞ! 透明人間の話……嘘であれ本当であれ非常に興味深かった! 君の傍に居るヒトミの為を思って扱ったのかな? ん?」
襖を通って部屋に着くと、先生はふかふかの座布団に胡坐をかき、膝の上に手を突いて笑った。布団は散らかっているが、部屋は比較的綺麗に使っている……ように思える。最初に訪れた時は一夜でゴミ部屋になっていたので先生も随分成長した。
また俺が掃除させられたらと思うと、億劫で。そういう意味でも頼りたくない気持ちがあったり。
「先生には全部お見通しですか。ええそうですよ、一魅と似たような状況じゃないかって思ったんで、もし透明人間を見つけられたらアイツが周囲に見えるようになる方法も見つかったらいいなっていう……そういう動機です。あんな話になるとは」
「放送では言わなかった話がありそうだな。どれ、僕が聞いてやろうじゃないか。大丈夫だ、仮に漏らしても浮かんだアイデアを無軌道にぺらぺらと喋ってるだけと思われるからな」
協力を得る為にも先生には快く裏事情を話した。透明化が交際関係を持つ事で防げる、透明になった生徒はこれまでに何人も居ていつかいなくなってしまう、透明人間は何故か深夜になると目視可能になるが代わりに襲撃される、それらの一部はクラスの担任から聞いたという話を。
最初はへらへらと笑っていた先生だけど、次第に顔つきは真剣なものになっていった。
「…………興味深い。便宜上、透明化と呼ぶしかないだけで他に名前がありそうだ。 僕に恋人はいないのでね、調査する気にはならないがやはり田舎にはまだ不思議な現象が残っているのだな。おおロマンロマン」
「勝手に小説に使っても結構ですよ。こんなもん信じる奴も居ないだろうし、真相を適当に脚色すればいい感じになりそうじゃないですか。俺が先生を頼りに来たのは他でもない、この後の話なんです」
「続けたまえよ」
「巻き込まれそうになった子が居ます。花影っていう子で、まあ色々あって狙われる可能性が高かったんで透明人間の狙いを逸らす目的で周囲に俺が恋人だって言っちゃったんです。そんな狂ったように吹聴してた訳じゃないから一か月は無問題だったんですが、最近ようやく起爆しちゃって……嘘の彼氏を演じてほしいって頼まれたんですよ」
「使命君には中々荷が重い守命だな!」
「入れ替える意味あります? でもそうなんですよ、俺は一魅以外に触れない……触ったらどうなるか自分でも分からないから触りたくない。だから……先生を偉大なる大作家としてお伺いします。キスはもとより手を繋がず、腕を組まず、肩も並べずに傍から見て恋人だと証明する方法を教えてください!」
綺麗な土下座にプライドなんてものはない。これは俺にとって最上位の死活問題だ。相手が誰でもやり方を教えてくれるなら頭くらい幾らでも下げられる。下げて済むならその方が良い。一魅の存在は頭を下げたって殆どの人が信じてくれなかったのだから。
ある程度の沈黙を受けてから頭を上げると、先生は万年筆を指の間で遊ばせながら虚空に視線を向けていた。
「客観的……誰もが君達を恋人と信じて疑わない状況……接触を伴わない……会話は難しい、口裏を合わせられる……」
「……ありませんか?」
シュタッ!
万年筆の筆先が、綺麗に俺の方を指して止まった。
「この町が男女の関係に強い関心を抱いているのは事実だ。それ故、町内のスポットには幾つか恋人と行くべき恋愛スポットがある。効果は得られないだろうが、少なくとも二人で回れば疑う余地などない筈だ。多少恥ずかしいだろうが、その程度の感情くらいは投げ捨てたまえ」




