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行方不明なキミをシる  作者: 氷雨 ユータ
1st BRD 知らないクラスメイトのハナシ
14/26

舞台裏の人間劇場

 殴られるくらいなら殴るという理屈は口で言うのは簡単だが、実践で出来るかは別の話だ。俺は……正直出来ない。押しのけるとか、物を投げるくらいならやれると思うが殴るとなると話は別だ。危害を加えるという点では同じだが自分の神経と直結している個所となると心理的ハードルが一気に高くなる。武器を持ってようがこのハードルは決して低くならない。むしろ殺しやすくなる分高くなるまである。

 一魅には関係なかったらしい。物言わぬ透明人間達は自分達を鬼だと思っていたようだが、真に見えない存在の暴力を前に呆気なく散っていった。俺を守ってくれた時もそうだが彼女の姿かたちを俺以外は認識出来ないにもかかわらず彼女の方は一方的に干渉が出来てしまう。そして相手は”誰かに殴られた”事すら認識出来ず、まるで最初からそのつもりだったように影響を受ける。

 今回は……勝手に転んだという認識になっているのだろうか。バットで腹部や足を叩かれて全員一撃で昏倒している。

「こ、これ大丈夫なのか?」

「何が?」

「何がって……バットで殴られて人が無事に済む訳ないだろ。生きてる、よな? もし透明化を解除出来ても……死体が出たら多分俺が捕まるぞ」

「それは大丈夫みたい。ワタシは素人だから力加減なんて出来ないしした覚えもないけど、この人達はただ動かなくなっているだけで怪我をした様子がない。多分直ぐ起き上がってくるわ」

 そう言われると打ち倒されてもまるで安心出来ない。縛りたい気持ちに狩られたが近くに紐状の物体はないし透明人間に触れても良いのかどうかも定かではない。このまま放置した方が安全なんてそんな馬鹿な話が……ある。少なくとも今は。

「……助けてくれてありがとう。話すと長くなるんだけど玄関で待ち伏せされてたんだ。でもなんか……説明するまでもないみたいだな? 事情を知ってるように見える。準備も良いし」

「キミが電話に出ない間に色々あったの。聞いて、後二分で放送を始めないといけないけど、透明化解除の試みはまだ出来ないの」

「……は!? 探してたんじゃなかったのか!?」

 一魅は席に着き、マイクを自分の近くに寄せる。対面の席は俺が座る場所だがそこに俺の席はなく、多分部室の物置から持ってきたぬいぐるみが占有していた。机の上には彼女の携帯が置かれている。

「…………えっと、俺の席は? 新入部員?」

「キミにはキミのクラスでもあるA組と花影さんのクラスであるC組に行って座席表を手に入れてもらいたいの。でもラジオでワタシの声しかしなかったらリスナーは何か異常があったと思って不測の行動に出る可能性もあるから、ラジオにも参加してもらいたい。お願い」

「急だな、随分! 俺はお前に急かされて必死な思いでここまで来たのに」

「キミに選択肢はない。もう放送始まっちゃうし」

 時刻は一時五九分。悩んでる暇なんて確かに存在しない。一魅に何があったのかを聞く時間だってないだろう。放送準備をしていたら一分なんてあっという間だ。本来は子の思考時間さえも惜しい。

「……分かった。行けばいいんだな」

「お願い。じゃあ、携帯に電話かけてね」

 透明人間達を跨ぎ、急いで階段を下りる。何が何だかさっぱりでもやるしかない、それが部活というものだ。確かやろうとしていたのは透明人間の顔と名前をリスナーに明かす事で……顔はともかく、名前は言えばいいだけだ。寝る前は顔も名前もしっかり覚えていたせいで試すにしても自信の持てない手段だったが今は違う。お陰様ですっかり忘れたが、”名前を聞けば”思い出せそうな気がしている。


『はい。こちら森芽高校深夜放送部です。皆さんこんばんは。神坂守命です』

『弓水一魅です。とりあえず、第二回の放送ね』

『まだ慣れは感じませんが本日もよろしくお願いします』

『堅苦しさが抜けるのはいつ頃かな。ワタシはもう少しリラックスしたいんだけど』

『卒業した先輩の放送を聞いてる人が居たら、多分笑ってるんだろうな。ぎこちなさというか、初々しさ? 特にお前の声を聞ける場所なんてここしかないから、そういう意味で先輩達と違った放送が出来たらいいよな』


 一階の教室に到着した。深い意味は特になかったが部室から近かったのでC組の教室から。座席表を教壇から取り出すと、改めてこのクラスを使う学生の名前を確認する。他のクラスな為に当然誰にも見覚えはないのだが、花影という苗字は一魅の口から出たので理解している。


『この部活、活動時間もそうだけど部員を入れたがらないのも良く分からないよね。部員を入れたがらない部活って何? ワタシには心当たりもないんだけどそういう部活ってメジャーなの?』

『多ければ多いほどいいんじゃないかなあとは思うけどな。この町? 村? どっちでもいいんだけど、なんか子供が多くいる人が偉いみたいな風潮ってないか? そういう量を重視する気風なら部活なんて人が多けりゃ多いだけいい筈なんだ』

『先生の負担はさておきね』


 携帯にある一魅からの指示によるとC組には透明人間が二人おり、一人は花影薫織でもう一人は不明。その一人を割り出してほしいらしい。A組は矢崎、三芦と苗字が判明しているので座席表さえ見つかればとりあえずフルネームは分かる。問題はこの―――正体不明をどうやって割り出すか。一魅が雑談で必死に時間を稼いでくれているのはきっとこの為だ。本題に入ったら言わないといけないから……たとえ何があっても部活は通常通り終えなければならないから。

 何故ってそりゃ、深夜に活動する俺達に何かあったら不安を学生はおろか無関係な人にまで広めてしまう。怪奇現象はこれまで出鱈目、迷信、そのように扱われてきたのだからたとえ調査中に何があっても俺達はそれに倣うべきだ。”交際”に意味があると知らずに付き合う人間が居るように、舞台裏は誰にも見せるべきではない。


 ―――じゃないと、一魅をミツケられなくなるかもだし。


 何か不思議な事が起きる、異常な存在が居る、それらが人間に牙をむく。そのような条件を知って尚向き合う人間が果たしてどれだけいるだろう。臭い物に蓋をするではないが、分からないものは分からないままで受け止める人間が多いのも事実だ。”そういうもの”として扱った方が日常や常識を歪まされずに済むから。

 そうなったら一魅が何故か他の人に見えない理由も”そういうもの”として受け止められる可能性が高い。深夜放送部に彼女を巻き込んだのは弓水一魅という人間が一般人と何ら変わらない無害な存在であり非常に困っているのだと周囲に伝えて助けを求める為だ。幸い、彼女の声は主にクラスメイトから非常に好評で印象としても前向きな物が多い。『不幸に遭うから関わらない方が良い』部活より「可愛い女の子の声が聞こえる部活』と思ってくれた方がやりやすい。


『俺達は結局この部活に落ち着いたけど、もしお前が入るんだったらどんな部活がいいんだ?』

『……なんか、前も似たような会話をしたね。その時はワタシからだったかな。でもワタシの方はそれらしい答えなんてないの。キミ以外の誰にも見えないんじゃ見学したって誰にも気づかれないし、ワタシにぶつかっても謝らないでしょ? 人が多ければ多いだけ危ないんだったら、近づかないのが一番。だから……何となくのイメージになるけど』

『なるけど?』

 

 ―――どうやってここから名前の分からない人間を割り出すんだ!?


 ラジオを止めずに進行しないといけないのと透明人間の名前を割り出すのを並行しないといけないなんて苦痛だ。全く考えがまとまらない。


『…………テニス部には興味あるかな』

『へ、へー意外だな。なんか、お前にそういうイメージなかっ……たな』


 月明かりから生じる教壇の影に息を潜める。廊下を走る音は……誰だ? 探し回っている、教室もきっと見ているだろう。かくれんぼのテクニックがこんな時に役立つとは思わなかった。自分でも馬鹿らしいとは思っているが、人間の視界は人型を見て人間を探す為、人型から外れたポーズで影の中に紛れたら意外と見つからないのだ。


『ワタシに運動をしてるイメージがないって? 昔はよくバドミントンをしてたのに忘れたんだね』

『して……たっけ? 覚えてない……な。うん、勝負はいつも俺が勝ってたからかな』

『二人だけのエピソードだからって話を捏造しないで。ずっとワタシが勝ってたから』


 面識のない人間の名前を割り出すなんて困難な作業にはどういうアプローチが有効か、なんて考える暇はない。足音が去ったのを確認してから教室中を確認したが置き去りの勉強道具以外にはなにも見つけられなかった。後は、何がある? 


『そうだっけ? よく覚えてるな、そんなに俺に勝ったのが嬉しかったか? そんんなに記憶力がいいんだったらさぞ自分に都合のいい情報は覚えてるんだろうな』

『キミとしか遊べない身にもなってよ。忘れられる筈がないでしょ』

『でも俺が覚えてないのは別にお前以外と遊んでるからじゃない。珍しい苗字をしてる奴との記憶なんて忘れるもんか。なあ? 例えばほら、珍しい苗字の奴が同じクラスに居たらそいつの席ってなんとなく覚えてるもんだろ?』

『…………」


 伝え方に無理があるなんて百も承知だが、せめてヒントが欲しい。きっかけ、当てずっぽうの為の選択肢、何でもいい。この不自然な会話の流れでそれとなく彼女が気づいてくれたら。もしヒントを持ってるなら。


『……そう? ワタシは覚えられないかな、どんな苗字でも結局ワタシが見えないんじゃ交流しようもないし。たまたまビデオを動かしてるところに割り込んだら怪奇現象みたいでしょ? 脅かすつもりもないのにそんな事したら嫌がらせじゃない』

『……そ、そうだ! 怪奇現象と言えば、本題に入らないとな。えー”見えないクラスメイトのハナシ”ですが、我々は無事真相に辿り着きました。この放送にて報告させていただきたいと思います』


 伝わっていないなら……もっと直接的に伝える為にも攻めないと。俺から本題を切り出して突きつけるのだ。今欲しい情報を!


『こちらへのお題にて同様の投稿が寄せられ調査をしていたこの話ですが、ここの報告を持って調査を終了します。まずは端的に”見えないクラスメイト”とは誰の事だったのかについてですが、一年C組の女子でした』

『…………C組の女子。美河、山田、厚喜、霧常、相川、江革、四詰、恵麻、九重、花影の内の誰かという事?』


 座席表を見て、確信する。しっかり俺の助けは伝わっていたようで何よりだ。お陰でようやく俺も……この名前を口に出せる。






鬼子山美結おにこやまみゆ。それが投稿に寄せられた”見えないクラスメイトの正体”です』




















『俺と同じクラスに所属し、投稿してくれた”矢崎慎吾””三芦元みろはじめ”は鬼子山を見てたんだ。それと情報を提供してくれた花影薫織も同じ人を。問題は鬼子山が透明になっていたせいで誰もその存在を記憶出来なかったから、まるで見えないクラスメイトが沢山居るかのように思えたんだ。けど蓋を開けてみれば同一人物だった……ただ会うたびに初めましてだっただけで』

『お化けでも何でもなかったわけね。ただ、どうして鬼子山さんは透明になったのか……そこまではワタシ達にも分からなかった。ただ、明日になればおのずと透明なクラスメイトが居た証拠は出てくるから、学生の人は是非明日を楽しみに登校してきてね。そうじゃないリスナーの人は……対岸の火事を眺めるように今回の不思議な事件を楽しんでいただけたら幸いです』

『そうじゃないリスナーがどれだけ居るかはさておき、この件はこれでお終いとさせていただきます……なあ? やっぱりどっちか敬語かタメか統一しないか? なんか話してて気持ち悪くなってきた』

『じゃあタメで。その方が話しやすいし』

『―――という訳で今回の放送はここまで。本来この部活は一時間きっかり放送しないといけないんだけど、調査で疲れちゃってさ。この怪奇現象と言えなくもないような事件を解決した報酬って事で勝手に終わらせる。それじゃまた明日』

『みんな、またね』


 三〇分の放送が終わり、俺はA組の教室の中で仰向けに倒れ込んだ。戻る暇なんてなかったし、いつ廊下を彷徨う足音が俺の存在に気づいてやってくるかもわからなかった。本当は戻りたかったが、こうなってしまったらもう彼女にあの場を任せて俺は俺の仕事をするしかなかったのだ。


『お疲れ様』

 

 一魅がビデオ通話に切り替えると俺に素っ気ない笑顔(と呼べなくもない無表情)を向けて労ってくれた。向こうは電気が点いているが俺の方は真っ暗だ、画面をつけても見えないだろうと思って、こっちはそのまま。


『…………救援求む。誰かが廊下で走り回ってるんだ。俺を探してるんだと思う』

『後の事はワタシがやっておくから、キミは窓から家に帰っていいよ。上履きに履き替えてなくて良かったわね』

『そうかいそうかい。なら遠慮なく……帰るよ。なあ、本当にこれで透明化って解除されるのかな? 勿論確信があってやった訳じゃないんだけどさ』

『透明なんて一括りにされているけど、それはワタシみたいに見えないんじゃなくてただ記憶が維持出来ないだけ。放送で情報を大々的に暴けば十分条件は覆してるでしょ。これでも透明人間が助けられないなら諦めるしかないわ。何故か深夜には姿が見えるみたいだし、どうしても会いたい人が居るならその例外を教えてあげればいい。学校に忍び込んでも時間帯次第ではワタシ達が居るんだから防犯上も安全だしね』


 そこまで言ってから、一魅は自身の発言を覆すように頭を振った。


『―――まあ、実はそんな心配しなくても、こっちで確認済だから』


 ビデオが動き部室物置に移動する。携帯のライトで奥が照らされるとそこで項垂れていたのは花影薫織―――ついさっきまでその存在を忘れていたC組の一人だった。


『花影……!』

『手探りだったけど、成功したみたいで良かった。ほら、これで納得したなら速やかに帰宅し就寝しなさい。おやすみなさい』


 息を潜めて通話していたら、いつの間にか廊下に響く足音も聞こえなくなっていた。透明化が解除されて追う理由がなくなったとかだろうか。それなら……もう肩肘張って潜伏なんてしなくてもいい。

 携帯をスリープさせて顔の前からどける。



















「………………………ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

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