”見えない”狂気は”聴こえない
矢崎は人の顔と名前を一致させられるそうだが、それは全ての人間が使えるスキルではない。クラスメイトかどうかを辛うじて判別出来るくらいが俺にとっては限界だ。幸い矢崎はSNSのアイコンを自分の顔にしているので識別に関しては問題ない。
『誰か、矢崎の部活知ってるか?』
『本人に聞けよ』
『いつまでも既読が付かないんだよ』
初回募集を個人グループに向けた投稿にした恩恵だ、これが募集箱だったらまず投函した人物を探さなければいけなかった。だが次回からはこの手法は使わない。初回のお題はともかく、言いづらい話題なんかもあるだろうから匿名性は保証した方が良い。俺には身元が割れているだけでも嫌な気持ちになる人間はいるだろう。
暫く携帯を見ていると、既読のつく速度は欠伸が出そうな程に遅い。それもその筈、部活中に携帯を見られる人間なんてまずいない。余程サボるのが上手いか、それとも物理的に人数の少ない部活なのか……サボりはともかく少数精鋭な部活は存在しない。そんな部活は基本的に弱小なのでいつか廃止される。深夜放送部がおかしいだけだ。
「…………」
一魅の成果待ちというのもサボっているみたいでいやだが、手当たり次第に部活に突撃するのも迷惑をかける。悩んだ末に俺は物置となっている別室を漁ってみる事にした。先輩が俺達と同じような活動をしていたかは分からないが、もしかすると知恵を残していてくれているかもしれない。解決の糸口にはならなくても今後の放送の内容について閃きは貰える筈だ。
―――物が多いんだよな。
せっかく片づけをしたのに少し漁るだけで今度は俺が散らかしに来たみたいではないか。一目で興味を引く物がなければ大物から吟味していくつもりだったが、一枚のDVDが俺の目を引いた。表に油性ペンで書かれたタイトルは―――『部活の心得』。
残念ながら物置の中に再生機器は見当たらないからもし中身を見たければ家で見るか、再生機器を持ち込むかのどちらかになる。家に……あったかどうか。今は推測しか出来ないがそう厳しい決まりなどはない筈だ。それは一魅が見つけてきた放送記録からも窺える……待て、放送記録?
あの時はザっと見た程度だが、二年にも三年にも同じ話が出回っていると分かった今、先輩達も”見えないクラスメイトのハナシ”を取り扱っていた可能性は高い。放送記録を棚から取り出すと最初の年からじっくりと目を皿にして字を探した。『見えない』『透明』『正体不明』『分からない』『誰』……そういった曖昧を示す文字を重点的に探す。
「おっ」
あった。放送記録によると当時のタイトルは”誰も知らないクラスメイト”。録音テープでもあれば良かったが、ここはテレビの放送局じゃない。物置に無ければテープが存在しても卒業生が持ち帰ったと考えるべきだ。しかしこれで分かったのは、少なくとも卒業生も扱うくらいには広く浸透したテーマ……もとい、あまりに長い年代で同じ話が生まれているという事。話しても誰も信じてくれなさそうというお題には結構反しているが、初回放送でノウハウが分からずクラスメイトに募ったのは俺だ。二年も三年もこの件には一切関係ない。
―――俺達が解決したら、この話はもう囁かれないのか?
この部活は解決を目的とした部活ではなく、単なる放送部だ。先輩が解決に乗り出したかどうかは分からない、記録だけならどうとでもとれる。調査をしたが分からなかった、調査はせずに話のネタとして消費した……どちらにしても解決はしていない。何故かこのハナシは延々と七不思議のように受け継がれている。
高校にもなると学校の七不思議なんて早々聞かなくなるが、その枠を毎度作らなければいけないとするならこのハナシは間違いなく一角として数えられるだろう。
プルルルル。
暇にかこつけて思考に没頭していると電話がかかってきた。相手は……一魅だ。用件はわざわざ尋ねるまでもない。
『もしもし、一魅?』
『守命クン、ちょっと問題が発生したわ。三芦君が部活に来てないんだって』
『は? え? ちょっと……待ってくれ』
大して過去でもない記憶を思い返す。告白の現場を邪魔されてアイツは確かにグラウンドの方へと逃げて行った。放課後の学生の殆どが部活動に取り組む中で、わざわざグラウンドに向かったのにサボったと?
『いや待て。来てないってなんだ? 今日は休むって顧問に伝えたんじゃなくて?』
『そういう連絡は来てないそうよ。ワタシが話を聞ける訳じゃないから信憑性を問われたらちょっと……』
『雑談を盗み聞きしてるんだろ? そっちの方がよっぽど嘘を吐かれなくて済むから信じられるよ。だけど変だ。俺はさっきグラウンドに行ったのを見たんだ。あの流れで誰も姿を目撃してないなんてあり得るのか?』
『これ以上はどうする事も出来ないから一旦部室に戻るつもり。そっちはどう? 矢崎クンに話を聞けた?』
『部活が分からなくてクラスに聞いてる。仲いい奴くらい居るだろ、今はそれ待ちだ』
だから今は暇を持て余している……なんて言えない。まして俺の方も一魅の情報待ちだったなんて。
『じゃあ一旦合流ね』
『……誰かが死んだとか、怪我したとか、そういう情報は一切出てこないけど段々不穏になって来たな。違和感が凄いよ、このハナシ』
『…………穏便に済んだらいいけど』
「守命クン」
一〇分ほど経ってから一魅は再度部室に戻ってきた。少し息を切らせている辺り、走ってきたのだろう。肩で息をしながら歩いているのを見るにペース配分なんて物はさっぱり考えなかったようだ。主張の強い膨らみがふよふよと揺れ、パイプ椅子に座るなり、大きく跳ねる。
これ以上は見ない。ただ視線を奪われただけだから。
「そういえば、あんまり運動出来る方じゃなかったな」
「ワタシが走っても……キミしか見てくれないからね。健康に問題もないからどうしても、ちょっと……って、そんな話はどうでもいいでしょ。そろそろ矢崎クンの続報が来てくれない事には話が始まらないんだから」
「既読はちょいちょい増えてるけど……部活を知らない奴が見てるんだろうな、もう虱潰しに探した方が早い気もしてきた。お前が走ったんだから今度は俺の番ってな」
一魅は鞄にある水筒に口をつけると、息を整えて目を瞑った。
「思い立ったが吉日って事で走ってきたらいいのに。それとも先輩達の活動記録から何か収穫を得られた?」
「微妙だな。よくよくみたら先輩達も一年生の頃に似たようなハナシを取り扱ってるっぽいってのは収穫にならないだろ。そもそも俺達が勝手に調査してるだけで先輩達は話のタネになればそれでいいんだ。ただ……」
「トイレの花子さんくらいには広まってるのね」
「あれは規模が違うから……! ただ、荒唐無稽な噂じゃないのはもう確実だ。放送は盛り上がるだろうけどどう調査したもんか―――っと、え?」
「どうかしたの?」
携帯を横にずらし、画面を彼女にも見せた。ようやく返信が来たかと思えば、個人のメッセージで担任から一言。
『矢崎はそもそも出席してないぞ』
「…………今日、休みなんか居たっけか」
「ワタシに聞かれても困る。キミが覚えてなかったら真相は闇の中ね」
「……ちょっと待ってくれ」
メッセージ相手をクラスから姫篠に変更する。担任はクラスグループではなくわざわざ個人間でのやり取りとして俺に出欠を教えてくれた。今朝あんなに喧嘩したのにどうして出欠を教えてくれたのかは……公私混同をしない人として今は納得しよう。そんな話は後だ。今、欲しいのは明確な答え。
『今日、誰か休んでたっけ?』
『休んでないと思うけど?』
発言のすぐ後に、動画がついてきた。
『実は私も今朝カミサカの隣に女の子が見えないかなあってこっそり動画回してたんだよね? 興味本位? ま、映んないのは前から分かってたけどなんかの間違いとかあるじゃん? これ、そん時の』
動画は姫篠の座席から撮影が始まっている。クラスの一番端から端を見通せるような画角にはクラスメイト全員が映りこんでいる。
「一魅。教室に向かうぞ」
「ご随意に」
新入生が座席を間違わない為に、暫くの間教壇の中には座席表が入っている。角席の人間はまず間違わないが真ん中付近の人間がよく間違うのを防ぐ為だ。当然だが部活動に励む学生が教室に戻る道理はない。向かった先は全くの無尽。教壇の中から座席表を手に取り、動画と照らし合わせた。
動画内では一魅の存在を認識しようと努力するクラスメイトの背中や横顔などが映りこんでいる。担任がやってきたのをきっかけに動画は止まるがこれで十分だ。この映像には全員が確かに映っている。”矢崎”の席にも人が居た。
「おい。こいつの肘で顔が見えないぞ! 誰だ! 丹口じゃねえか!」
「彼は私を撮影しようと思っただけだから悪気はないと思うけど、これでハッキリしたわね。今日、確かに矢崎クンは来ていた。でも先生は来ていないって証言してる」
「…………先生に嘘を吐く理由なんてないよな。普通に考えてバレる嘘だし」
「登校を認識されていないのに映像にはその姿が映っている。アイコンがあるから私達には顔が分かるけどこの映像単体では顔が見えない。ねえ、”見えないクラスメイト”と共通点があまりに多いんじゃない?」
「女子じゃないぞ」
「揚げ足取りはやめて。彼はひょっとして”見えなくなった”んじゃない? もしかすると三芦君も……」
「――――――っ」
こうなると、全てが怪しく思えてくる。例えば、わざわざ個人間で出欠について教えてくれた先生の意図なんか。
話を聞きに行こう。見て見ぬふりなんてもう出来ないし―――多分手遅れだ。もう俺達に退路なんて残されていない。そんな気がしている。




