88.山中にて
学校からバスで1時間。
私は潮儿山へと到着した。
山の入口には葉をつけるはずのカエデの木が、雪を枝に乗せて佇んでいる。
その下、木により掛かるようにひとりの少女はいた。
「来おったか。」
古風な口調の少女は正真正銘の神である。何度か願いを叶えてもらったこともある。
私はそんな彼女に呼び出され、潮儿山へ来たのだ。
「あの…何かお話しでもあるんですか。」
問いに対し、神はニヤけた面を引き締めて言う。
「話といえば話じゃが…それだけではない。それだけでは終わらん。」
「?どういう意味ですか…?」
既視感のある迂遠な言い回しに首を傾げるが、神は答えない。
背を向けてただひとこと。
「とにかく妾について来い。お主にはやるべきことがあるからのう。……妾にもじゃが。」
以前、初詣をした時とは打って変わって真剣な様子だった。
それがより一層不気味さと内に湧き上がる嫌な予感を増長させる。
「あ…。そういえば、聞きたいことがあるんです。」
「なんじゃ。答えられるものなら答えてやろう。」
ふと、以前聞きそびれた事を質問しようと思った。
内容は勿論、妖の狭間についてだ。
妖怪が出没するその空間は、普段生活している空間とは別なのだが、ここ数ヶ月で異変が生じていた。
突然、無関係な人間が妖の狭間に転送されてしまう等のイレギュラーが発生しているのだ。
異変の生じた空間で妖怪を倒せば、元に戻ることは判明しているが、原因はめっぽう分からない。
もしかすると神なら何か知っていると考え、口を開く。
「その……妖の狭間が変になっちゃった原因とか…知ってますか。」
「…………異変の正体、か。」
息と同時に流れ出る言葉はそのまま空中に溶けてしまいそうなほど弱々しかった。
「もしかすると、この先で答えが得られるやもしれぬ。」
「!そうなんですか!?」
「あぁ。………じゃがそれは、お主の望んだものかは知らんぞ。」
神は急に立ち止まり、振り返る。
私を見上げる彼女の表情は慈善に満ちたようであり、憐れみを孕んでいるようでもあった。
白い瞳は僅かに揺れる。
「どうする。引き返すか。」
神の視線に貫かれ、身体がこわばった。
だが、答えは決まっている。
「ひ、引き返しません。…だって、原因を知れたら妖の狭間がおかしくなることもなくなるかもしれませんし…。」
千里くんや純麗ちゃん、大里先生の負担も減るかもしれない。
それに、ここに皆がいたら引き返す選択は取らないだろう。
私は皆のように秀でたものはないが、だからこそ真似事ぐらいはしたい。
「…………そうか。なら、進むとするか。」
「は、はい。…………その、ありがとうございます。」
「?何故礼を言う?」
先を行く神の隣を歩きながら、続ける。
「なんだか、私の心配をしてくれたみたいなので…。……思い違いだったら、恥ずかしいですけど…。」
「はっ。そうじゃな。思い違いであれば、とんだおのぼりな奴よ。」
「…………もしかして私の思い違いですか?」
「さぁ?どうじゃろうな。」
彼女の雰囲気が少し和らぐ。
本当に私を心配していたのかどうか、定かではないがもしそうであるならば嬉しい。
希望的観測を持ちつつも、私達は山道を行く。
この先に何があるのか、未だ全貌は分からない。




