87.山中へ
「じゃあねー。」
「ばいばーい!」
放課後になり、教室内の生徒が挨拶を交わす。
私も彼女ら同様、友人に挨拶をしようと思い顔を上げると直ぐ側に担任の大里先生の姿があった。
「山吹さん。少し、良いですか。」
「は、はい。」
やけに真剣な先生の表情に身構えながらも、ついていく。
先生は生徒の少ない文化部の部室棟付近へと移動した。
肝心の部室へ入ることなく、ただ歩く。
「先生。何か、あったんですか。」
私の問いに対し、先生はようやく立ち止まり此方を振り返る。
顔に力が入っているのか、三日月を横にしたかのように湾曲していた瞳は今や一線になっていた。
「いえ。今は、何かあるわけではありません。……ただ、これから何かある可能性があるんです。」
「可能性がある…?」
随分遠回しな語り口に警戒を強めつつ、先の言葉を促す。
「はい。……単刀直入に言います。貴方にはこれから潮儿山へ行ってもらいたいのです。」
潮儿山とは、この辺りからバスで1時間行った先にある山だ。緩やかな傾斜やびっしり植えられたカエデが特徴で、ハイキングにもうってつけである。
私は以前、妖力トレーニングで訪れたが、それっきり。ここ数ヶ月は訪れていない。
「潮儿山に何かあるんですか。…もしかして、異変のある妖の狭間が…?」
「その可能性もありますが、少し違います。……神からの伝言です。貴方ひとりを潮儿山へ連れて行け、と。」
「!」
大里先生は何とも言いづらそうに事情を告げる。
もしかすると、神がなにか企んでいるのではないかと疑っているのかもしれない。
「………彼女はここらいったいの神ですから、貴方に危害を加えることはないはずです。……しかし、不安であれば私もついていきます。」
真剣な眼差しが私を貫く。
先生は心底、身を感じてくれているのだろう。そのことに嬉しく思いつつ、先生自身の事を考える。
教師というのは存外忙しい。数多ある心労に加えて、更に心配事や面倒事を積み重ねてしまうのは避けたかった。
「大丈夫です。神様は確かにちょっと偉そうですけど、私達のお願いを聞いてくれてましたし。……だから、あんまり不安じゃないです。」
「そう、ですか……。ではせめてコレを。」
手渡されたのはひとつのお守りだった。
手触りのよい紫色の袋で包まれたお守りには、上部でしっかり紐結びされている。
「ありがとうございます。……先生から貰ったものって、ご利益がいっぱいありそうです。」
何せ先生は神の血を引く人だ。
彼から貰ったお守りは交通安全、学業成就、千客万来エトセトラ、とにかく縁起物のように感じる。
大里先生はようやく固くしていた顔を緩めた。
「ふふっ。そうですね。私生活で私の生まれが役に立つとは…。……それでは、改めて。山吹さん。くれぐれも気をつけて下さい。」
「はい!気を引き締めて行ってきます!」
先生へ挨拶をして背を向ける。
この先に何が待ち受けているか分からないが、握りしめたお守りがあれば悪いことにはならなそうだ。




