85.ハッピーバースデー⑤
1月18日。それは荒井千里の生まれた日である。
学校もなく、家で過ごしているとあっという間に夜になった。
「ただいま。」
「おかえり。母さん。」
仕事から帰った千里の母、千耶は鞄をおろして彼へと向き合う。
「千里。誕生日、おめでとう。これ、プレゼントよ。」
そうして手渡したのは包装されてはいるが、中華鍋であった。
他でもない千里が頼んだものだ。
「ありがとう。」
「…………本当にコレでいいの?」
眉を下げて聞く。
だが、千里は満足げに笑った。
「これがいいんだよ。……そうだ。今度、これ使って炒飯作るよ。友達から材料もプレゼントしてもらったし。」
「友達って…楓ちゃん?」
「うん。」
母の口から楓の名が出たことに驚くが、すぐさま思い出す。そういえば、母は楓とコンビニで会ったのだった。
そこで面識があるのならば今、彼女の話が出るのは不思議ではない。
「………そう。……あのね。千里。私が、今更こんな事を言っていいのか分からないけど……。」
千耶は迷いながらも、言葉を手繰り寄せる。
今日は母親として今度は逃げずに、息子へとかけなければならない言葉があるのだ。
「生まれてきてくれて、ありがとう。……これからも、貴方が幸せに過ごせるように祈ってるわ。……勿論、その為に出来ることはするから。」
「………うん。ありがとう母さん。……本当に。」
生まれてきてくれてありがとう、だなんて少し恥ずかしくもあった。
だがそれが心からの言葉であること、そして何よりも母からの言葉であることが千里を喜ばせる。
正直に言ってしまえば、中華鍋よりも豪勢なプレゼントだった。
「それじゃあご飯にしましょう。ケーキ、あるわよ。」
「うん。じゃあ用意手伝うね。」
「………ふふっ。ありがとう。」
穏やかな夕飯の時間はあっという間に終わる。
呆気ないといえば呆気ないが、千里にとっては最高の時間であった。
夕飯や入浴を終え、自室に戻る。
ベッドに寝っ転がるとスマートフォンを起動させた。開くのはチャットアプリだ。
『楓。プレゼントありがとう。それと、母さんから中華鍋貰ったよ。』
相手は山吹楓。彼の同級生だ。
『そっか!良かった!今度、何か作ったら教えてね。』
『成功したらな。』
『千里くんなら大丈夫だと思うよ!食い意地すごいし。』
『それ関係ないと思うけど?』
相変わらず楓は歯に衣着せぬ言い方である。
言い換えれば失礼なのだが、千里はそんな彼女にも慣れが生じてきた。
「………全く。そんな食い意地凄くないと思うけどなぁ。」
微笑と小さなため息が漏れる。
母と友人。ひとりでないことを実感した千里は自室の照明を消して安らかに眠りにつくのだった。




