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忙し騒がし妖かし達  作者: とんぼ。


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78-5.いつかの日のため

 荒井あらいの母と話し終えた大里おおさとは、かえで達と合流する。


 「先生!お話し、終わったんですか。」

 「準備は終わりました。行きましょう。荒井あらいくんのもとへ。」

 「はい!」


 返事をし、手を組む。


 それから『ざい』と唱えると、木々のざわめきがぴたりと止んだ。

 景色は変わっていないが、確実によう狭間はざまへと足を踏み入れた。それは肌の感覚で分かる。


 「……………荒井あらいくん…!」


 感覚だけでない。視覚からも、それがはっきりと分かった。


 何故なら、かえでの目の前には溶解した肉塊のような荒井あらいが現れたからだ。


 「ほう。また戻ったか。」


 声の主は白い狼に乗った少女、神社に祀られる神である。


 彼女の退屈そうな言葉に対し、大里おおさとは一歩踏み出し言う。


 「当たり前です。荒井あらいくんは私にとって大切な生徒ですから。」


 かえで純麗すみれも頷く。


 彼女らにとっても、荒井あらいは良き友人だ。

 困難があろうとも、それを前に逃げていく口実にはならない。


 「ふん。下らんな。」

 

 神は呆れたように息を吐き、かえで達の前に立ち塞がる。


 「ここは私に任せて下さい。皆さんは荒井あらいくんのもとへ。」

 「!ありがとうございます!先生!」

 「礼には及びませんよ。」


 大里おおさとは微笑み、神と対峙した。


 彼は正真正銘、神の血を受け継ぐ人間だ。それ故、ただの人間とのズレが生じていた。

 人間社会に生きる当人にとって、その断絶は恥ずべき欠点であり、どうにも出来ない遥か高い壁でもあった。


 だからこそ。妖怪の血を引くかえで達がただの人と変わらぬように過ごすことが、羨ましく感じる。

 

 大里おおさとの内には、無論、羨望だけでなく、そんなかえで達の生活を守らなければならないという使命感も生じていた。


 「嘆かわしいことよな。ヒトシ。お主は、いずれ神になる。情など無駄でしかないだろうに。」

 「おかしな事を言いますね。社会集団の中で生きる人はみな、情を持ち合わせていますよ。彼らは、怒り泣き喜び、そうして生きていくのです。」


 どこか誇らしげに続ける。


 「そんな社会で生きているのですから、私も従うのですよ。」

 「随分、気に入っているようだな。」

 「えぇ。生徒も、教師としてのこの立場も、全て私のお気に入りです。」


 ため息をつき、神は狼を撫でつける。


 これ以上の対話は不可能なようだ。


 「お主の考えがどうであろうと、深入りは許さん。」


 明確に、彼女の瞳の色が変わった。


 それを合図に狼が白い体毛を揺らして大里おおさとへ飛びかかる。


 咄嗟に手を前へ突き出し、そこから水を放出する。妖力を用いての攻撃。彼の血が所以して、威力は絶大だ。


 だがそれも当たればの話。


 残念ながら、彼の攻撃は狼が少し飛び跳ねるだけで意味のないものとなる。


 「避けますか…。ならば、これはどうです…!」


 そうして放つは先と同じ水。


 ホースから排出するように弧を描くソレは、質量を増やして狼に襲いかかる。

 今度は水の束が2つになり、左右から挟む形で飛んでいった。


 「浅慮じゃな。」


 吐き捨てるように神は呟く。


 彼女の宣言通り、挟み撃ちの攻撃も狼には無駄であった。


 白く短い足を使い、空中へと飛躍したのだ。


 「浅慮なのは、そちらの方です!」


 大里おおさとは空中で身動きの取れない狼へ狙いを定める。


 空というのは自由であって、不自由だ。


 ふわふわと浮いている間は自由が利かず、着地の瞬間もまた隙が生じる。

 

 即ち、大里おおさとは不自由な空へと狼を誘導したのだ。


 彼が放つ水は質量をさらに増して、濁流とも思える流れを持つ。

 その勢いのまま、狼の体に水塊すいかいがぶつかった。


 「!」


 地面に足をつき、踏ん張ることもかなわない。

 狼はそのまま、濁流と共に飛ばされていく。


 「………………ふん。少しはやるようになったの。」

 「えぇ。お陰様で。」


 水塊すいかいに衝突する寸前、神は狼の背から飛び降りていた。


 彼女自身に戦闘能力はない。つまりは、大里おおさとを止める術はないということだ。


 それを悟った大里おおさとはひと息つき、神へ話しかける。


 「……貴方は人の営みを下らないと一蹴しますが、果たして本心なのでしょうか。」

 「どういう意味じゃ。」

 「簡単な話です。」


 教師のような顔つきになり、指を振った。


 「貴方も私と同じく人であった時がある。……たとえ遥か昔でもね。そんな貴方が人を蔑ろにするとは思えないのです。」

 「わらわが人にとって慈善的な神だと?」


 小馬鹿にするかの如く、鼻を鳴らす。


 そんな彼女の疑問を、大里おおさとはあっさりと肯定した。


 「えぇ。私には、貴方がご自身で言うほど人に興味がないとは思えないのです。ですから、私はある種、貴方を尊敬していますよ。いつの日か神になり、貴方のように人を見守る役割を担いたいと、思っています。」


 本心からの言葉であった。


 彼は決して、神になる未来を憂いてはいない。ただ、そこにあるのは希望である。

 いつの日かこの身体が朽ち、人ではなくなろうとも。それでも、眩いほどの人々を見守れるのならば、幸福と言わざるを得ない。


 その未来には妖怪の血を引く荒井あらい達の姿があればなお良いだろう。


 神に背を向き、荒井あらい達のもとを目指す。

 

 教師として、そしていつか神になる身として、救わなければならない存在のために。


 

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