78-4.あの子のこと
妖の狭間から撤退した楓達は暗くなった神社で立ち尽くしていた。
「…………どうしよう。今のままじゃ、荒井くんに勝てない。彼を止められない…。」
楓は焦る。対峙した荒井の力は凄まじく、勝てるビジョンが全くと言っていいほど浮かばないのだ。
だが、対する純麗は至って冷静である。
「落ちつこ。かえでっち。策はあるよ。」
「ほ、ほんとう?」
「もち!」
口角を上げ、説明を続ける。
「まず、あらいっちのすんごい炎。あれは、うちが妖力を貯めに貯めて攻撃すれば対処出来るはず。」
確かに彼女の力は膨大だ。封魔石に閉じ込めたとはいえ、それは変わらない。
また、以前、妖力を貯めて放った攻撃の威力は楓も知っている。あの蒼く揺らめく炎であれば、荒井にも対抗できるだろう。
「で、あらいっちの炎を打ち消したら、かえでっちが『皆』を使って動きを止めるの。そーすれば、あとはこっちのもん!でしょ?」
「…………そうだね。うん。なんだか、出来る気がしてきたよ。」
こんな時だからこそ、普段どうりの態度をとる純麗の存在が支えとなる。楓はそれが身に沁みた。
「話は纏ったようですね。」
閉口していた教師の大里は、手を合わせる。
「早速、再戦…と行きたいですが少し待っていただけますか。」
「?何か用事があるんですか。」
「はい。…………彼女と話を。」
そうして視線を移したのは荒井の母。
大里に見つめられた彼女はというと、少し目を見開いた後、頷いた。
「そーいうことなら、うちらはイメトレしてます!ねっ、かえでっち。」
「う、うん…。」
一刻も早く荒井のもとへ駆けつけたかった楓だが、大里と荒井の母の話とやらは気にかかった。なので、ここは大人しく従う。
「ありがとうございます。それでは、少し失礼します。」
大里は浅いお辞儀をして、その場から離れる。
楓達の姿が見えなくなり、会話も届かないであろう今日にまで行くと静かに立ち止まった。そして、荒井の母と向き合う。
「さて…。貴方は、先の空間で何か思い出しましたか。」
「……………。」
単刀直入な問いに、荒井の母は戸惑う。
それは問いに対する疑問でもあり、答えを導く行為への躊躇いでもある。
「質問を変えましょう。………貴方はご自身の息子、荒井 千里くんを思い出しましたか。」
「…………………えぇ。思い出したわ。」
荒井の母は自身の肩を抱き、沈痛な面持ちで言う。
「でも、それだけよ。私に、出来ることなんて…。」
「何故、そう思うのです。」
「それは……。」
遠くを見やる。
言い淀む中、ぽつぽつと言葉が口を出る。
「あの子は、孤独だからよ。」
「孤独?荒井くんには貴方がいるではないですか。」
「いいえ。違うの。」
強く首を振り、否定。
肩にかかった髪が動作とともに揺れた。
「……夫と離婚して、あの子はめっきり喋らなくなったわ。……それから、私、あの子の考えることが分からなくて。母親なのに、理解、出来なくて…。」
「…………なるほど。」
大里は頷く。
彼は神の血を引く特殊な人間。それ故、家庭環境も正常なものではなかった。しかし、それでも。家庭に理解者の居ない者は、最も孤独に近しいと理解していた。
「千里に必要なのは、私じゃないわ。父親よ。そうでなければ、あの子はずっと孤独だもの。……だから、私が居ても変わらないわ。」
「それはどうでしょう。」
「え?」
場違いなほど浮ついた声が発せられる。
「まず、前提から見直す必要があると思います。」
まるで荒井の母へ授業をするように、ゆっくりと教師は話す。
「荒井くんは孤独ではありません。何故なら、彼には友人がいますから。決して彼を放っておかない友人が。」
山吹楓と岬ヶ崎純麗の2人がいる限り、彼がひとりぼっちだとは思わなかった。
3人を見守っていた大里は胸を張って主張できる。
「そして、もうひとつ。貴方が居ても変わらない、というのも違うのではないでしょうか。」
簡単で初歩的な事実を告げる。
「荒井くんは貴方の幸福を願っていたのですから。幸福を願う相手の存在が不要だなんて、おかしな話でしょう?」
「……………。」
荒井の母は小さく口を開け、放心していた。
荒井に友人がいること。彼が、自身を想ってくれていること。その全てが彼女にとっては知りようもない事柄だったからだ。
「さて。そろそろ妖の狭間に戻りましょう。……貴方はどうしますか。」
「私は…。」
選択をする。紛うことなき、荒井 千里の母として。荒井 千耶として。
「私も、行きます。千里と会って、話をします。」
「そうですか。それでは一緒に行きましょう。」
流れる血ゆえに、感情の起伏が乏しいはずの大里だったが、この時確かに彼は微笑んだ。心の奥底から、純粋に。




