78-3.溶ける、解ける
私達は荒井くんを説得するため、大鷲神社を出ることにした。
そうして赤い鳥居をくぐった所に、あとからくると言っていた純麗ちゃんの姿があった。
「かえでっち!どうだった?」
私は純麗ちゃんへ神と話した内容を伝える。
荒井くんは願いの代償として亡くなったこと。生命を落とすということは、彼が妖怪に変化してしまったということ。そして、何より大切な、彼を説得しに行かなければならないということ全てを伝える。
「……そっか。おーけー。あらかた分かった!てことは、今から妖の狭間に行ってあらいっちに会うんだね。」
「うん。……ところで、純麗ちゃんの用事は済んだ?」
「ん。だいたい。……それでさ。」
純麗ちゃんは普段の笑顔を崩して、固い表情になる。
「その、妖の狭間にあらいっちのママを連れていきたいの。……今は、うちのママってことになってるけど。」
「え…。そうなの…?」
突然告げられた言葉に困惑する。
何故、荒井くんの母親が純麗ちゃんの母親になっているのだろうか。
目を白黒とさせていると、沈黙を保っていた先生が静かに言う。
「恐らく荒井くんの願いの影響でしょう。…彼は自身の母の幸福を祈った。それには母の夫である存在が不可欠だった…と、私は見ています。」
「………そうなんですね。」
「それで。岬ヶ崎さん。どうして荒井くんの母親を連れて行くのですか?」
先生の問いに、純麗ちゃんは強く唇を結んだかと思うと、勢いよく次の言葉を告げる。
「それは…うちが、あらいっちのおねーちゃんだからです。…半分しか血がつながってなくても、家族の存在が消えるなんて悲しいです。だから、あらいっちのママに記憶を取り戻してもらいたいんです。」
「……………純麗ちゃん……。」
私も、彼女の意見に賛成だ。
家族の存在が消えるだなんてのは考えるだけで恐ろしい。
「なるほど。理由がしっかりあるのならば、私は反対しません。……それでは荒井くんのお母様と一緒に、妖の狭間へ行きましょう。」
「「はい!」」
先生の同意も得られたことで、方針は纏った。
私達は必ず荒井くんを呼び戻す。彼の存在が無いまま、明日を迎えることなど絶対に認めない。
***
「えっと…純麗ちゃんのお友達と担任の先生よね。こんにちは。いつもお世話になっております。」
そう言って頭を下げたのは荒井くんの母親だった。今は純麗ちゃんの母ということになっているが。
以前、私が見かけた時よりも幾分か顔色が良いように見える。
だが、ほんの少しぼんやりしているというか。どこか所在なさげで不安を抱えているようにも感じた。
正直なところ、それが私の願望から来る可能性は否定できない。
「……はい。純麗ちゃんの友達の、山吹 楓です。」
「担任の大里人志です。 」
頭を下げる。荒井くんの記憶が無い今は、ただ純麗ちゃんの母親として接する他ない。
「ねぇ純麗ちゃん。これから…何処へ行くの?」
「うちら、妖の狭間に行くの。……そこで、大切な人が待ってるから。きっと。」
「………大切な人…。」
荒井くんの母親は眉を下げる。
もしかすると、彼女の内に違和感が占拠しているのかもしれない。もしそうだとしたら。荒井くんが消えていい理由は増々無くなる。
「早速、行きましょう。妖の狭間に。」
私は指を組み、『在』と唱える。
景色は変わらない。しかし、肌に触れる空気が変わったのを実感した。
妖の狭間に転移したのだ。
「!皆さん下がって下さい!!」
先生の声が聞こえたかと思うと、猛々しい炎が私達を襲う。
咄嗟に身構えるが、前に踏み込んだ先生が炎を消火すべく水塊を放出した。
「……………あらいくん……?」
炎と水の衝突があけ、視界がクリアになる。
そうして見えたのは赤々しい肉の塊。
頭には歪にも角が生えているが、全体は生き物としての原型をほぼ留めていない。言うなれば、生物が液状化しかけているような見てくれだった。
だが、私の勘はその肉塊を荒井くんだと告げている。
「荒井くん!私だよ!楓!山吹 楓だよ!!」
必死に訴えかける。
されども、目前の肉塊は気にもとめずに体の側面に生えた手のような突起が震えた。
「!」
先生が再び手をかざすのが見えた。
生み出される水塊。しかし、それが荒井くんに当たる前に、真っ白な狼が邪魔をした。
「いかんのう。ヒトシ。かように干渉するのは、妾が許さん。」
狼の上から声を発するのは幼い少女の形をした神。
先生は普段から考えられないほど冷たい声音で告げる。
「……………荒井くんは私の大切な生徒です。それを取り戻そうとするのに何か問題でも?」
「………随分反抗的になったものよな。」
「生きていますからね。変わることはあります。」
「そうか。」
2人はそれっきり会話を止める。
私は目前の荒井くんにだけ集中する。まずは動きを止めるために指を組んだ。
「『皆』!」
『皆』が効果を発揮する前に、荒井くんは再び小さな突起を振り、炎を生み出す。
「うちに任せて!」
純麗ちゃんが前へ飛び出し、妖力を使う。それにより彼女もまた炎を放出した。
燃え盛る2つの炎が衝突する。だが、襲いかかる炎の勢いは凄まじく、純麗ちゃんの炎が飲み込まれる。
「!?純麗ちゃん!危ない!」
彼女の腕を引く。
間一髪、炎に身が焼かれることはなかった。
「っ。どーしよ。あらいっちの炎、めっちゃ強くなってる…!」
「………そうだね。一回立て直したほうが…。」
すると、先生が此方へ呼びかける。
「そうしましょう!皆さん!」
一度立て直すため、妖の狭間から出ることにした。
「待っててね…。荒井くん。」
必ず戻り、荒井くんを取り戻すことを誓って。




