78-2.彼が消えた場所で
消えてしまった荒井 千里を探すため、山吹 楓らは神社を訪ねることにした。
学校も終わり、3人は校舎を出る。
そのうち、岬ヶ崎 純麗がやや控えめに口を開く。
「あのさ。かえでっち。うち、寄るとこあるんだ。だから、先に神社行ってて。」
「うん。分かった。……気をつけてね。」
「ん!」
楓らと別れた純麗は一度、家へ帰る。
彼女の家は学校を出て徒歩30分、大低町にあった。
そこは空き地が多く、枯れ禿げた土地が露出していた。側には錆びたフェンスがそびえ立ち、時折吹く風に少し揺られている。
「ただいまー。」
純麗はいつものように元気な調子で玄関を潜った。
だが、心の内は普段通りではない。確かに覚悟があった。
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
ソファには純麗の父。向かい合った所には母。
「おかえり。純麗。」
「ん。」
そして、台所にはもう一人の母がいた。
「………ただいま。ママ、パパ。」
彼女には母が2人いる。だが、元からいたわけではない。
1人は純麗と血がつながった母親。もう1人は血の繋がりがない、即ち荒井 千里の母親である。とはいっても、彼の存在が消えた今、荒井 千里の母親は存在しない。ここにいるのは岬ヶ崎 純麗の母親だけだ。
「ただいま。ママ。」
台所へ行く。
そこには荒井の母だった人間がいる。
「おかえりなさい。純麗ちゃん。」
洗い物を終え、手を拭く。
「そういえば生徒会の方はどう?大変じゃない?」
「え?」
純麗は突然の問いに面食らう。
生徒会はどう、と聞かれたものの、彼女は所属した覚えはない。
「うち、せーとかい入ってないよ。」
「………あら。そう、だったかしら。ごめんなさい。」
「ううん。だいじょーぶ。」
何故、急にそんなことを言い出したのか。純麗は不思議で仕方なかった。だが、ひとつだけ。母が生徒会の事を切り出した理由があった。
「……あ。テスト。テスト勉強の方は?この間は、2位だったものね。またお祝いしなくちゃ…。」
「……………………ママ。」
先ほどから話す内容は、ちっとも純麗にかすっていない。
彼女が話しているのは他でもない、荒井 千里のことだ。
「……………私……少し疲れてるのかしら。」
「そーかも。……でも、そーじゃないかも。」
「?純麗ちゃん?」
母に近づき、肩をつかむ。
瞳には純麗自身が写っていた。彼女は実の娘ではない。だが、母は確かに荒井千里の母なのだ。
「ねぇ。ママ。ママには、大切な人っている?」
「それは、もちろん。純麗ちゃんと、パパとママと……それと……。」
言葉が止まる。
純麗は来るべき名前を期待する。
「…………ママ。ママにはきっと、もっと大切な人がいるんじゃないかな。」
「大切な人………。そう。そうよね……。……ごめんなさい。今は思い出せないわ。思い出したいのに…。」
「ううん。だいじょーぶ。……あのさ。うち、出掛けてくる。大切なモノを取り返しに。」
「大切な物…?」
「うん。……ね。ママはどーする。大切な人を、探しに一緒に来る?」
荒井の母は純麗の言葉の全てを理解できなかった。だが、大切な人という言葉がやけに引っかかる。
きっとそれは、彼女が見つけなければならないもので、思い出さなければならないものなのだ。
「……純麗ちゃん。私もついて行って良いかしら。」
「もちろん。2人で探しに行こう。絶対、取り戻そう。」
家を出る。
母親が荒井のことを思い出すことはなかった。しかし、それでも。彼女の中に確かに荒井の存在はあった。それが確認できた純麗は、荒井の母を連れて、神社へ向かうのだった。
***
楓と大里は神社に辿り着く。
大鷲神社内には馬をかたどった神馬像が建てられていた。銅で出来たそれの近くに寄り、楓達は神が姿を現すのを待つ。
「………先生。神様は本当に来ますかね。」
楓は自信なさげに聞く。
「はい。必ず来ますよ。なにせ、貴方には幸運の力がありますから。それに私は神の血を引いているんです。」
「………神って、もしかしてここの神様の、ですか。」
「はい。そのもしかして、です。」
「!そうなんですね!」
それを聞いた楓に驚きと安堵がやって来る。
自身の幸運の力と、大里の存在があれば確かに神は現れるだろう。
今はただ待ち続ける。
「なんだ。お主か。ヒトシ。」
「!!」
幼い少女の声がした。
どこからかと、周囲を見渡す。
神馬像の後ろから、小さな体が出てくる。それこそまさに、待ち侘びていた神である。
「お久しぶりです。」
「して。なんじゃ。お主ら。妾に何用じゃ。」
「あ、あの!荒井くんの行方を知りませんか!私達、彼の行方を知りたいんです!」
「ほう…。あの坊主のか…。」
神は小さな手を捏ねる。
「あやつは今、妖の狭間におる。最も人の姿ではないがな。」
「え…。それって、どういう…。」
状況が飲み込めぬまま、浮かんだ言葉が自然と口から出た。
対する神はさも当然かのような毅然とした態度で言う。
「どうもこうもあるまいて。あやつはおのが母の幸福の為、代償となった。あやつ自身の命が対価、というわけじゃの。」
「荒井くんは死んだってことですか…?でも、それならどうして妖の狭間に…。」
息継ぎも忘れ、神へ詰め寄る。
その間を縫うように、先生が割って入った。
「……山吹さん。良いですか。私達、神や妖怪の血を引く人間は命を落とす時、ある変化が起こるのです。」
「な、なんですか。変化って。」
「それは……妖怪や神へと成ること。つまり、今の荒井くんは人として生を終えて妖の狭間で妖怪に成ったのです。」
「そんな…。」
妖の狭間に生息する妖怪とは意思疎通ができない。そのうえ、人間を襲う。それは、今までの経験からはっきりとしていた。
故に。このままいけば荒井くんは人を襲うようになってしまう。いや。既に襲ってしまっているかもしれない。恐ろしい想像に身震いする。
「それじゃあ今すぐにでも戻して下さい!私、なんだって、代償を払いますから!だから、お願いします!」
縋るように、神の袖を掴む。
「それは叶わんよ。」
「ど、どうしてですか!?」
「あの坊主を戻すということは、あの坊主の願いを取り止めるということ。……妾には一度叶えた願いを阻害することなどできん。」
「そんな……。」
彼の存在はもはや、神さえも干渉出来ないというのか。
ここまで来て、事情を知って、それでもなお、私は何もできないというのか。
限られたちっぽけな頭を必死に回転させる。この状況を打開するために、何か小さな糸筋でさえも見逃さないように。
だが、私程度の頭では何も浮かぶことはない。私如きでは、何もできない。
「…………今の説明は充分ではありませんね。」
「…………え。先生……?」
先生の声が細く拙い救いの糸と等しく垂れる。
「荒井くんを戻す手だてはあります。それは、彼に自身の願いを変えてもらうこと。……違いますか。」
「…………そうじゃのう。確かに、あの坊主の意思で願いを変えるのならば妾も従おう。……坊主の意思が変われば、じゃが。」
「!」
ならば話は簡単だ。
今すぐにでも荒井くんへ会いに行く。そして、彼を説得するのだ。
「先生!すぐにでも荒井くんに会いに行きましょう!」
「えぇ。そうですね。」
目的は明瞭となった。
一刻も早く、荒井くんへ会いに行かなければ。




