78-1.彼は何処に
私と純麗ちゃんは昼休みになるとすぐ、大里先生を訪ねた。
というのも、先生なら荒井くんの身に何が起こったのか知っているかもしれないからだ。
職員室へ顔を出した様子に物々しさを感じたのか、先生は場所を変えようと言って空き教室へと移動する。
東校舎の3階。しんと静まる階にある教室へと入った。
「………さて。荒井くんについて、ですね。」
「はい。大里先生。何か、知っていませんか。」
思えば先生だけが荒井くんを忘れていなかった。
神様の血を引くというのも所以しそうだが、この際それはどうだっていい。
今はただ、荒井くんが無事なのか、どうしたのかだけを知りたかった。
机を挟んで座る先生は沈痛な面持ちで口を開く。
「恐らく、彼という存在は無くなってしまったのでしょう。」
「せんせー。それってどーいうこと?」
純麗ちゃんが問う。
「そのままの意味ですよ。荒井千里という人間は初めからいなかった。そう、改変されたのです。」
「か、改変って、どうしてですか…。どうして、荒井くんがそんな目に…。」
「理由ならば簡単です。……恐らく、彼がそれを望んだから。」
「は……。」
荒井くんが、自身の存在が消えることを望んだ。先生は確かにそう言った。
私は即座にそんなはずはないと言いたかった。だが、それは叶わない。残念ながら思い当たる節があったからだ。
あれは荒井くんと最後にあった時。その時、彼は神様に願いを伝えた。自身の母が幸福であるようにと。
その結果、彼の存在が消えた。それが、答えだ。
「……………そんな……。」
「山吹さん。これが彼の望みなんです。……私は彼の選択を尊重します。」
先生の言い分はどこか冷たく感じた。だが、誤りではないのかもしれない。
きっと荒井くんは考えに考えてこの道へと進んだのだ。それを、部外者の私が口出しする権利などないのかもしれない。
それでも。我儘であっても、私は認めたくなかった。
荒井くんのいない世界を、肯定したくはなかった。
「……あのさ。せんせーもかえでっちも、分かった感じだけど、うち、さっぱり。…なんで、あらいっちは消えたの?なんで、消えることを受け入れたの?」
純麗ちゃんの疑問は当然だ。
しかし、彼女の問いに答えるのは少し憚られた。
何故なら、理由を説明するには彼女の父親と荒井くんの父親が同じであることを話さなければならないからだ。
デリケートな話題に触れる勇気はなかった。
言い淀む私に純麗ちゃんは口を開く。
「ね。教えて。うちだって、あらいっちの友達だよ。じじょー知らなきゃ、助けらんない。」
「…………そうだよね。」
真剣な眼差しの前で事実を告げる前に、先生が割ってはいる。
「私が説明しますよ。…………いいですか。岬ヶ崎さん。」
静かに告げる。
「貴方のお父様と荒井くんのお父様は同じ方なんです。」
「え……。それ、じゃあ、うちとあらいっちは姉弟ってことですか?」
「えぇ。そういうことになります。……荒井くんはそのことに苦しんでいたようです。それで、自身の家族を幸せにするために神と交渉した…というわけです。恐らく。」
「………………。」
純麗ちゃんが呆気にとられるのも仕方がない。様子からして今の今までその事実を知らなかったのだから。
彼女は一度視線を下に移す。
それから何かを決心したのか、次に顔を上げた時には普段とは少し違う強い意思を持った表情だった。
「ちょっとびっくりしたけど、じじょーは分かりました。せんせー。教えてくれてありがとございます。」
「いえ。……それで、貴方はどうしますか。」
どうする、というのは荒井くんの行方を追うのかどうなのか、ということだろう。
彼は望んで消えた。ならば、私達がこれ以上踏み込むことはない。先生はそう言いたいのだ。
「うちは……あらいっちを探します。だって、半分は血がつながってるんですもん。なら、おねえーちゃんとしてなんかしなくちゃ!」
「なるほど。そうですか。……山吹さんはどうしますか?」
答えは決まりきっていた。
「私は、もちろん荒井くんを探します。……我儘でも、それでも、荒井くんが消えるなんて嫌です。」
想いを伝えることは出来なくても、このまま荒井くんの存在が消えたままなのは認めたくない。
私達の選択に先生は首を振ることなく、静かに目を閉じる。
「でもさ、かえでっち。どうしよっか。どこに行けばあらいっち見つかるかな。」
「そうだよね…。うーん。やっぱり神様に会いに行く…とか。」
だが、懸念はある。
神は何も四六時中会えるわけではない。
以前、神社へ行った時は幸運にも出会えたが、その前は会えなかった。神と出会える条件は定かではなく、不確定な要素のみ。
しかし、そこで足踏みしている場合ではない。可能性があるのなら、それを追うべきだ。
「そういうことなら、私もついていきましょう。」
静観していた先生は口を開く。
「お話ししたように、私には神の血が流れています。交渉をするというなら、少しお手伝いを出来るかと。」
「!先生。良いんですか。」
「はい。……私としても、彼がいないのは寂しいですから。」
話は纏った。
私達は荒井くんを探しに行く。彼の願いであろうと、このままなのは嫌だ。




