72.たったひとつの願い②
荒井くんと神社へ足を踏み入れる。
平日の放課後。参拝客はおらず、冷たい風の吹く音だけが反響していた。
「…………………。」
私はただただ祈る。どうか、神が私達の前に現れてくれることを。そして、荒井くんの願いを叶えてくれることを。
だが、黙ってその時を待つというには耐え難い雰囲気だった。何か言葉を発していたい。そうでなければ、隣の荒井くんは淡泊な風に攫われてしまいそうだ。
「そういえば…荒井くんの父親と純麗ちゃんの父親が同じなのって、純麗ちゃん自体は知ってるのかな。」
「いや。知らないんじゃない。………僕も調べないと分からなかったし。まぁ今更、岬ヶ崎に言うつもりはないよ。」
「………………そっか。」
やはりすぐ隣の彼の顔は見れなかった。
純麗ちゃんに父親のことを話さないのは彼の臆病風からか、それとも優しさからか。
私は恐らく後者だと思った。そうであれと思った。
なにせ、2人の父親が同じということは腹違いの兄弟という関係性が形成されたということ。
血の繋がりは確かにあるのだから、そこに思慮が生まれてもなんらおかしくない。
なんて話をしていると、一層強い風が吹く。
「っ。さむっ。」
体を縮こめ、僅かに目をつぶる。
そうして次に瞳を開けると、私の願いが届いたことを実感した。
「なんじゃ。お主らはよほど此処が気に入ったのか。」
目前には古風な喋り方をする少女。
幼い姿形とは裏腹に、気圧されるような立ち振るまいをする彼女は、まさしく神様だった。
「!こ、こんにちは…!私達、貴方に、会いたくて…!お願いごとが、あって!」
「ほう。そうかそうか。……して、願いがあるのは坊主のほうか?」
「……………はい。」
荒井くんが一歩、前へと進む。
ようやく彼の願いが叶うかもしれないのだ。喜ばなくては。
だというのに、私の胸には一抹の不安がよぎる。
先ほどから感じていた、彼が遠いところへ行ってしまうような焦燥感。
これがただの杞憂であれと願いながら、荒井くんの後ろ姿を見つめる。
「………僕の母親を幸せにしてほしいんです。」
「ほう。肉親の幸福か。なるほど。よかろう。」
思わぬほど呆気ない返事。
だが、何よりも重要なのはこの先の話だ。
神は代償無く願いを叶えてくれるほど慈善家ではない。
いつだって願いと代償はセットでなくてはならない。
「………ありがとうございます。それで、対価はなんです。また、試練ですか。」
「いや。今回は試練は行わぬ。そうじゃのう……。」
神は口元に手をやり、考える様子を見せる。
それがどうにも胸をざわつかせた。




