52-4.悔いなき選択を
岬ヶ崎 純麗にとって人生は短距離走だった。というのも、彼女は妖怪の血を引くのが所以する。狐の血を引く父と同じく狐の血を引く母の間に生まれた彼女は生まれた時からその血が身を焦がすように寿命に区切りをつけていた。
普段から体の調子が悪いわけではない。ただ、時折体が熱くなり、動悸が早くなるだけ。判明したのは純麗が中学の頃。
妖怪の血を引く彼女は同じような患者を請け負う病院で説明を受けた。抑制は出来ても、治療は出来ないとも告げられた。しかし、当時の彼女はそれを悲しむことはなかった。むしろ、安堵する。
先が長くない。それはつまり、終わりが近いということ。なんと気楽なことか。ずっと続く生だなんて苦しいだけに決まってる。だからこそ、純麗は決めた。先が短いのなら、目一杯生きようと。ダラダラと続くよりはよっぽど良いだろう。
生き方を決めてからは早かった。とにかく自身が楽しいと思うことへ集中した。オシャレも、部活も、とにかく楽しいことは全てやりきりたかった。
中学、そして高校へ上がってもそれは同様だ。
部活動はバスケットボール部に入ることにした。勿論、楽しそうだからだ。それと、弁当を自分で作ることにした。親に迷惑をかけたくないだとか、そんな理由ではない。ただ楽しそうだから、そうした。
友人も出来た。
山吹楓という少女。クリーム色の髪を短く切りそろえた彼女は少し控えめだったが、純麗の大切な友人であった。
「す、すごいね!純麗ちゃん!」
彼女はいつも、瞳を輝かせて純麗を見ていた。体育祭で3年を打ち破った時も、綺麗にデコレーションした弁当を見せた時も、クレーンゲームでお菓子を取った時も、いつも。
それが何より心地よかった。凄い、と言われる度に自分の証が刻まれるような心地がした。自尊心が満たされるたび、自分が選んだ道は正しいのだと再確認できたのだ。きっと、今のまま生きてそして死ぬことは間違いではないと。
自分が気持ちよくなるために楓を使っているのではないかと、ふとそう思うときもあった。
褒められる度に、ほんの少しの罪悪感を覚えた。友人というのは、きっと自己満足の道具ではない。だというのに、自分は身勝手に楓を利用している。
しかし、どうせあと数年の命。我儘でいよう。それは仕方のないことなのだから。ひとりでに納得して純麗は今まで通りにすることにした。
当たり前だが、そんな彼女の在り方は反感をかうこともあった。
所属するバスケットボール部の練習試合。純麗は先輩を押しのけて試合中に活躍した。活躍すればするだけ顧問は彼女へ期待を寄せて試合へ出してくれた。
その行いこそが、反感をかう。彼女のいるバスケットボール部では暗黙の了解があったのだ。
1年は先輩を立てるべし。たとえ経験者であっても試合に出るのは上のものが優先でなければならない。試合だけでなく、コートの外でも挨拶は徹底して、手洗い場やトイレでも譲らなければならない。だが、純麗は従うことはなかった。
その窮屈な縛りは彼女の楽しみには邪魔だった。
「あのさぁ!空気読めないわけ!?」
いつの日か、部活のメンバーからそう言われた事もあった。
「………申し訳ないとは、思うよ。でも、全力を出さないなんてうちには出来ない。」
形だけの謝罪ではあるものの、己の意思を伝える。言葉通り、全力を出さないなんてことは彼女にとって考えられない。
今までもそうしてきた。だから、これからもそうする。そして死ぬ。彼女の選択はとうに決まっていたのだ。
だというのに。
「諦めるなんて、純麗ちゃんらしくない!」
寿命が短いと知った時、楓はそう言った。このまま死にいくことを否定した。
「かえでっちが、うちの何を知ってるわけ。」
純麗は思わず刺々しい口調になる。
焦りからでもあった。楓に自身の選択を否定され、少し怖じ気づいたのだ。もしかすると、純麗の選択は正しくないのかもしれないと。他にも道はあるのかもしれないと。
それから部活に戻ると言って場を離れる。これ以上楓と話していたら意志が揺らいでしまう気がしたからだ。
だが、楓は考えを変えるつもりはないらしい。この辺りの地域で祀られる神に願いを叶えてもらいに行くようだ。
後日、純麗も件の神とやらへ会いに行くことにした。バスで1時間ほど行った山奥の神社。そこを目指す。すると、長い石造りの階段に楓と荒井の姿があった。
純麗は気付かれないように脇の茂みに隠れながらついて行く。
しばらく歩き、境内に入る。すると、2人の前に真っ白な少女が現れた。
「………………貴方、は…」
呆気にとられる楓へ少女は返答する。自分こそ願いを叶える神だと。願いを叶えるには試練を受けてもらうと。
楓は間髪入れずに頷き、試練を受けることにした。それからは早かった。神は犬のような獣、式神を呼び出す。試練の内容はそれに勝利することだった。
2人に策がないわけではなかったようだ。しかし、素早い式神の前では狼狽えるばかり。しまいには、式神の牙によって楓の肩が食いちぎられた。
「!」
茂みにいた純麗は思わず体が動く。だが、2人の前に出ることはない。どうせあの傷を受ければ試練を諦めるだろうと思ったのだ。
赤の他人のために、体を張る理由なんてないはずだ。
しかし。楓は荒井の止血を受けて、痛みに耐えながらもなお、立っていた。
神は問う。何故、そこまでして願いを叶えたいのか。何故、岬ヶ崎純麗の寿命を伸ばしたいのか。
「………だって………死ぬことは生きていたら出来ます…。でも、死んじゃったら、生きることは二度と出来ない!……それなら、私は純麗ちゃんに生きるって選択肢を持っていて欲しいんです!」
「………………。」
純麗の手が僅かに震える。
生きるという選択。それは既に彼女が削除したもの。だが、楓は言った。生きるという選択肢を持っていてほしいと。
彼女の言葉はある種、赦しとも感じた。岬ヶ崎純麗は生きていて良いのだという、そんな耳障りのいいもの。
もしかすると。純麗は心の内で思っていたのかもしれない。誰かに言ってほしかったのかもしれない。自身の選択を否定してほしかったのかもしれない。
生きてよいと、生きることだって出来ると。だが、己をさらけ出す恐怖がそれを不可能にしていた。
だから。
今、楓の声が染み込むように耳に届く。
気が付けば、純麗は茂みから出て駆け出していた。




