52-3.試練
純麗ちゃんの寿命を延ばすため、私と荒井くんは神様の試練を受けることになった。内容は簡単。神の出した式神へ勝利することだ。
犬のような狼のような式神は私の前にそびえ立つ。息は荒く、獰猛な口から漏れ出るヨダレは食べられると恐怖するには充分だった。
だが、恐怖にかられている場合ではない。私はなんとしても式神を倒し、純麗ちゃんの寿命を延ばすんだ。
確固たる意志とともに手を組む。そして唱えた。
「『皆』!」
それは相手の動きを止める技。
目前の式神はピッタリと動きを止める。その筈だった。
「!?」
しかし、式神もただ突っ立っている訳では無い。私が『皆』を使ったとほぼ同時に横へとズレる。ほんの少しのズレではない。一瞬、視界から式神が消えたのだ。
「!山吹!!後ろ!」
荒井くんの声が聞こえた。
反応する間もなく、鈍い痛みが走る。
「い、っ、」
肩だ。肩に式神が飛びついてきたのだ。その鋭い牙で、私の肩が数センチ抉れる。熱を帯びたそこは、敢えてみないことにした。きっと、今よりも痛みがやって来てしまうから。
「ちっ!」
荒井くんは舌打ちをして炎を出す。狙いは式神だ。だが、身軽な式神はひょいと炎を避けてまた姿を消してしまう。
「山吹!まずは止血を…!」
「…っ、う、うん…。」
痛みに耐えられなかった私はしゃがみ込む。顔を上げるとすぐそこに荒井くんがいた。
「ハンカチでもいいから、噛んでて。………火で止血するから。」
荒井くんの言うとおり懐からハンカチを取り出して口に含む。そして思い切り噛み締めた。
それを見計らった荒井くんは器用に炎で私の肩を焼く。
「〜っ!!」
「もう少し、耐えて…!」
肌がひりつく。肉が焦げたような匂いが鼻を突く。私は無意識に荒井くんの腕を強く握っていた。爪が食い込んでしまったかもしれない。
「よし…。ひとまず、これで………!?」
ひと息つく間もなく、式神の猛攻は続く。
消えたと思った式神は今度は私達の頭上から飛び掛ってきたのだ。
「何度も、やらせない!」
荒井くんが再び炎を出す。ゆらゆらと揺れる炎は空中にいた式神を狙うが、やはり身軽な相手は体を捻って避けてしまう。
「ちっ!また、何処かに…!」
今の私達はただの餌だ。いつ来るか分からない式神に怯えることしかできない。
「なんじゃ。これではお主らに勝ち目はないのう。諦めるのが得策ではないのか。」
腰掛けていた神は退屈そうに言う。
「そも、その岬ヶ崎という者は生きることを望んでいるのか?そうでなければ、お主らの行いなど無意味だろうて。」
確かに神の言うとおり、楓ちゃんは長生きなんて望んではいなかった。むしろ、終わりが見えるからこそ全力で生きていけるだなんて言っていた。
だが、私はそれを認めたくない。楓ちゃんの全力は、諦観からくる後ろめたいものであってほしくない。
ただの我儘なのは理解していた。
「………たとえ、純麗ちゃんが望んでいなくても、私は、長生きしてほしいんです…!」
「ほう。それはなにゆえ。」
「…………だって………死ぬことは生きていたら出来ます…。でも、死んじゃったら、生きることは二度と出来ない!……それなら、私は純麗ちゃんに生きるって選択肢を持っていて欲しいんです!」
神を見る。彼女はなお退屈そうにあくびをかく。
「下だらぬな。………小僧、お主も小娘と同じか?」
「別に。僕はただ貴方の力に興味があるだけです。」
荒井くんはぶっきらぼうに言う。それが彼の本心なのかもしれないが、どうあっても荒井くんが隣にいるのは助けになっていた。たとえ神の力に興味があるからという理由でも、私が口出しすることではない。
そもそも、私と彼の目的に違いはないように感じた。きっとどちらも自分の都合だ。いや、もしかすると荒井くんには荒井くんの事情があって、本当に誰かの為に動いているのかもしれない。
だとすれば、身勝手な私が口出しなんてできやしない。
口を挟まずに周囲を警戒していると、神が白い髪を束にとって撫でつける。その様子から、彼女が本当に退屈そうなのが見て取れた。
「ほう。そうかそうか。…………さて。無駄話はこれぐらいにするかの。」
その瞬間、視界の端に獣が映る。紛うことなき、神の式神だ。
「!『皆』!」
「………何度やっても同じこと。」
神の無粋な声が聞こえる。それでも、式神と戦うことはやめない。
ジクジクと、式神に噛まれた腕が痛む。試練は未だ続いていく。




