46.カラオケボックスにて
休日。私はカラオケボックスへ来ていた。用件は勿論、妖怪退治の為だ。私の体に流れる座敷わらしの血がカラオケボックスでトラブルが起こると告げている。そのため、駅近くまでやって来たというわけだ。
「カラオケね…。」
そう、嫌そうに言うのは妖怪退治仲間の荒井くんだった。入室手続きを済ませて部屋に来た途端、彼はため息をつく。
「カラオケ嫌い?」
「別に。ただ、うるさいからね。君も知ってるでしょ?妖力を使うには集中力がいるって。もし妖怪と戦闘になったら困るし。」
「でも妖の狭間に行ったら関係ないんじゃない?ほら、現実世界とは違って普通の人は消えるしさ。」
「………………雰囲気がうるさいんだよ。カラオケは。」
「…………つまり、カラオケ嫌いってこと?」
「うるさいって思うだけ。嫌いっては言ってない。で、妖の狭間はどこに出現するの。」
なんだか拗ねている荒井くんに言われて、意識を向ける。妖怪が出没する妖の狭間。それが現れるであろう場所は私の勘だよりだ。
恐らく案内された部屋ではないだろうから、外へと出る。廊下には他の客の歌声が響いていた。よほど大音量で歌っているのだろう。
「うーん。こっち、かなぁ。」
ドリンクバーの近くへと進む。炭酸やお茶などは勿論、スープも設置されているドリンクバー。その前には腰を曲げた老婆が沢山のグラスをお盆に載せて立ち尽くしていた。
「?どうかしたんですか。」
つい声をかけてしまう。すると老婆は皺の多い顔を動かし言う。
「部屋が2階なんだけれど、少し疲れてねぇ…。」
「なるほど…。よければ登るお手伝いしますよ。」
「本当かい?それじゃあお願いしようかね。お嬢さんがよければおぶっていってくれないかい。」
「お、おんぶ…。分かりました!任せてください!」
老婆からお盆を受け取り、その小さく縮こまった体を抱える。正直、楽勝ではないが手伝うと言った手前、おんぶは出来ないと告げることは出来なかった。
「よいしょっと。」
思いの外軽かった体はほとんど骨かと思うほど硬い。
「それじゃあ行きますよ。」
「うん。お願いねぇ。」
白くピカピカのタイルを歩く。いつの間にか騒がしかった音も静まった。
老婆を抱え、2階へと上がる。手前には鏡が張ってあった。
「この辺りで良いですか?」
「もう少し。もう少し。」
「分かりました。」
背中からかけられる声をしるしに2階を歩いていく。
「この辺りで良いですか?」
再び聞く。
「もう少し。もう少し。」
「わ、分かりました。」
老婆は先と同じトーンで答える。もう少し、と言われたが、かなり直線を進んだ。あとは2部屋ほどしかない。そこまで行けば壁で行き止まりだ。
行き止まりまで行く。老婆の部屋は付近の2つの部屋、どちらかなのだろう。
「ここで降ろしますね。」
「もう少し。もう少し。」
「もう少しって…。この先は道も部屋もありませんよ?」
「もう少し。もう少し。」
「?おばあさん…?」
「もう少し。もう少し。」
「あ、あの…!」
「モウスコシ。モウスコシ。モウスコシ。モウスコシ。」
老婆は壊れたラジカセのように同じ言葉を繰り返す。不気味に思い振り払おうとするが、強く肩を掴まれ振りほどけない。
「モウスコシ。モウスコシ。」
気付けば老婆の声は幼い少女のように甲高いものになっていた。
「!?」
そして。廊下に張られた鏡を見ると、皺だらけの老婆が声に見合う少女の姿へと変貌していたのだ。
「な、なんで…!?」
そこでようやく思い至る。周囲がヤケに静かなことに。
少女へなった老婆。声にしないカラオケ。ここから導かれる答えはひとつ。私は既に、妖の狭間に転送されていたのだ。そう考えれば、老婆にも説明がつく。彼女は妖怪だったのだ。
「!なんとか、しないと…!」
老婆を引き剥がすために体を揺さぶる。変わらず背中には体重がのる。はじめよりも幾分か重くなった背は、モウスコシという声と共にずっしりと重圧を増していくのだった。




