≒99-1.主への慟哭
「ほら!こっちだ!」
荒井千里の声が響く。
彼は叫びながら暴れ続ける狼向かって、炎をぶつける。
すると、此方を歯牙にもかけなかった狼が巨体をくるりと回して千里を確かに視界へと入れた。
金色の瞳が千里を映す。
かと思うと、獰猛な牙を剥き出しにして不躾な人間を黙らせようと襲いかかる。
「っ!あとは任せた!時間は稼ぐ!」
千里は狼から逃げつつ、妖力を貯めている純麗と大里に告げる。
「まっかせて!」
「私達の妖力が溜まり次第、ぶつけます!」
付近にいた楓は2人の周囲から僅かに流れ行く川の水音が聞こえた。ちょろちょろと鳴る音と共にぼんやりと視界に映るのは線。
これもまた川のようにぐねぐねと湾曲して流動していく。
彼女は知っていた。それこそ、妖力の流れであることを。
そして、自身もまた『皆』の用意をするために心を落ち着かせる。
楓の役割は狼の動きを止めること。そのために、『皆』の発動を確実に行わなければならない。
兎に角今は、狼の隙が生じるのを待つ。
対して、狼と接敵中の千里はなるべく3人から離れた場所に行ってしまわぬよう、狼を翻弄するように走り回る。
「鈍い!」
図体ばかりが大きくなった狼の横っ面に炎をぶつける。
当然怒り狂う狼だが、千里はすぐさま石段横の茂みへと入ってしまった。
彼を追い、茂み近くの木々を踏み倒す狼。
5メートルほどの身体はその尾までもが脅威となり、振り回された。風を切る音がしたかと思えば、力任せな白い尾の運動で太い幹が折られる。
折られた幹はその勢いのまま地面へと落とされた。
危うく衝突しそうになった千里は炎を生み出し上から落下する幹を燃やす。
「っ。あぶなかった…!」
燃え盛る赤を見た狼は、追跡していた人間が直ぐ側にいた事を知る。
あとは単純。再び、小さな人間を蹂躙しに行くのみ。
だが、千里も考えなしではない。
狼が確かに此方を意識したことを確認すると、その股下へ素早く滑り込む。
そして、狼の後方へと瞬時に移動する。
「こっちだよ!」
再び石段の方へと向かった。
その先には『皆』の用意をしていた楓が待ち構えている。
力強く地を蹴る音がした。千里の後方には怒り狂う狼が位置している。想定通りだ。
「楓!今!」
「うん!……『皆』!!」
輪っかを作った手の先、標的である狼はその瞬間、動きをとめる。自発的にではなく、『皆』によってそうせざぶを得なかったのだ。
そこで出来た時間は、次なる攻撃の機会へと成る。
「ナイス2人とも!そんじゃ、いきましょうせんせ!」
「えぇ!」
妖力を貯めにためた純麗と大里が声を張る。
次の瞬間、2人の手の目前には大量の水と炎の奔流が生み出された。
それらは意思を持ち、狼へと真っ直ぐぶつかっていく。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
頭から爪先までその全てを水と炎が包み込む。
狼は鳴く。透き通る声で、遠吠えをする。
暴れることはなく、ただ朽ちていく身体を気にもかけず、主人へと何かを伝えるために、鳴き声を喉から振り絞る。
「…………………。」
4人が見守る最中。狼は遂にその存在を跡形もなく拭い去るように消え去った。
「やった…!」
「待ってかえでっち!なんか変!!」
安堵するのも束の間。
小さな揺れが大地を伝って楓達の身体を刺激する。
「何が…。」
「恐らく妖の狭間の封印が始まったんです。……急ぎましょう!」
大里は先で待つ神を想う。
この地震は彼女が最期の力を振り絞って妖の狭間を封印しているが故に起こっているのだろう。
彼を先頭に、4人は石段を登る。
事情を知らない純麗と千里には道すがら話すことにした。
神の終わりが近いこと。神は自我亡失した妖怪へと成り果てること。それを対処するためにこれから向かうこと。
楓はその説明を受け、ひとりでに思う。
あとすこし。もうすぐ神を救えるのだと。




