97.通心
熱を出した翌日。身体の怠さは嘘のように霧散し、快調であった。
いつも通り、ではなくかなり早めに学校へ行く。
心の準備の為でもある。
今日、千里くんに会ったら伝えるのだ。自分の気持ちを。そして、その答えを。真っ向から、逃げずに。
「……………ふぅ。」
小さく息を吐き、廊下を歩く。
教室はもうじきだが、それよりも考えるべき事がある。
千里くんと話すタイミングだ。
休み時間か、昼休みか、はたまた放課後か。
兎に角、しっかり話せるような時間が良い。なおかつ、周囲は静かであればあるほど良い。下手なハプニングなど以ての外だからだ。
「………どうしようか、な、…あ、」
なのだが。
その以ての外のハプニングが今、目前に現れた。
言い換えるならば、心の準備が整わぬ内千里くんと出会ってしまったのだ。
「あ、」
何やら相手も予想外だったようで、小さくたった一音のみ音を漏らして立ち止まる。
「………………。」
「………………。」
なんて声をかけるべきか。ひと言目はまずどうするか。考えあぐねている間、ひたすらに互いを見つめ合う時間が発生する。
だが、考えてみれば第一声は決まっていた。
「ち、千里くん。昨日は、ありがとう。家まで運んでくれて。」
「…………いや。別に大変じゃなかったし。」
なんだか懐かしいほど素っ気ない千里くんの様子が、可笑しく感じてしまう。
そっぽを向いた彼は忙しなく毛先を弄び始めた。
「それで…ね。昨日、言ったこと覚えてる…?す、好きって、言ったこと、なんだけど…。」
今、ここで言う他ない。覚悟を決めて話を切り出す。幸い、朝早くの学校は静まり返っており、周囲に人影はない。
「………………覚えてる。」
「そっか。それで…その…昨日言った好きっていうのは…その………友達として、とかじゃないの。………い、異性として…というか、ら、ライクじゃなくて…ラブ?っていうか…。」
覚悟は決めたものの、言葉はつっかえながらしどろもどろ。しっかり相手に伝わっているのか怪しい。
一度切り替えるためにも、顔を思い切り叩いていようとしたその時。
千里くんが口を開く。
「楓。」
「は、はい!」
咄嗟に返事をしてしまった。
いつの間にか、彼が間近に迫っている。
声と共に、私の両肩に重みを感じた。紛うことなき千里くんの両手だ。
「………………千里くん?」
私の名を呼んだあと、しばらくそのまま千里くんは黙りこくってしまった。てっきり何か話そうとしたのだと思ったが、もしや彼もまた言葉を探すのに手間取っているのだろうか。
そうして待っていると、ようやく声が続いた。
「……………楓の気持ちは、嬉しい。」
「…う、うん。」
その一言で、やはり私は今日振られ直されるのだと実感した。だが、逃げることはしない。
「…けど、僕には自信がない。………なるべく、君の前で格好つけていたいけど、出来る気がしないんだ。」
「え?」
思わぬ解答により、漏れた驚き。にも関わらず、千里くんは止まらない。
「自信も、勇気もない。幻滅されて、離れられるかもしれないって、そんな嫌な考えばかり浮かぶ。だから、それならいっそ、付き合う必要もないかもしれないなんて、思ってた。だから、」
「……………ごめん!少し待って!」
「?うん。」
状況が理解できないので、手を突きだして止まってもらう。
私の思い違いでなければ、今、彼が語っている話から察するに、
「つまり…千里くんは私のこと好きでいてくれてるってことなの?」
「だ、だからそう言ってるでしょ!」
「言ってないよ!!自信がないとか勇気がないとかしか、言ってない!数秒前の言葉思い出してよ!」
「……………言われればそうかも…。」
「そうだよ!!」
変に声を張ったので、妙な疲れがやって来た。
しかし、頭が冷えて感じるのは喜びだった。
千里くんは、私を好きでいてくれたのだ。好きな人が自分を好きでいてくれるというのは、奇跡に近しい出来事である。そして何より、喜びだ。
「ご、ごめんね。その、さっきの話、続けて。」
「………君が中断させたから忘れた。」
「…じゃあ、私が話していい?」
「どうぞ。」
今の想いを、喜びを、伝えよう。そう思った。
「……私は、さっきも言ったけど千里くんが好き。自信がなかろうが、勇気がなかろうが、大好き。幻滅するとか、そんなの有り得ないよ。だって、今まで色んなところを見せてもらったんだもん。」
意地を張って冷たく接する所や、たまに見せる優しさ。母親を幸せにしたいと願う姿。そのどれもが、私にとって大切な記憶で、大好きな姿だ。
「だから、今日は答えを聞きに来たの。千里くんの口から、ちゃんと聞きたい。」
「………………僕は……。」
よろけるように、千里くんは視線を下げて一歩下がる。しかし倒れ込むことはなく、踏みとどまって顔を上げる。
「僕も、君が好きだよ。僕みたいなのと、わざわざ関わって、物好きだって思ってた。けど、そんな物好きに救われた。一緒にいて、楽しかった。」
「…………千里くん…。」
「!?」
思わず駆け寄り、抱きついてしまった。これ以上、言葉で表す事ができなかったのだ。自ずと身体が動くまま任せる他なかった。
「好きだよ!私も、好き!」
「……………僕も。好きだよ。」
そのまましばらく抱き合う。
このまま生徒が来なければ、とも思ったがそういうわけにはいかないだろう。
身体を離して向かい合う。
「それじゃあ、今日からよろしくね。友達として…じゃなくて、恋人として…!」
「……………ん。」
「じゃあ、私、教室行くね!」
「うん。その、また。」
遠くから他の生徒の声がした。今日も授業が面倒だとか、そんな会話だ。
それを耳にしながら、私は千里くんへ手を振る。
足は不思議と軽く、天にも登る心持ちだ。




