95.決意は伝播して
千里くんが去った後、自室に残った私は静かに鳴る時計の針の音を聞いていた。
ベッドに仰向けになって聞くカチカチという音は、私を責め立てるようでもあった。
「……………振られちゃったな。」
好きだと、千里くんに告げた時。そこにあったのは喜びでも安堵でもなく、ただの驚きだった。
そして、私が誤魔化した時にはホッとしたような顔を覗かせた。
つまりは、まぁ。彼の大切と私の大切は同じではないということ。いわゆる失恋をしたのだという実感がじわじわやって来た。
額に腕をやる。
もうかれこれ夕方。
過ぎた後悔に身を委ねている間に、時間は随分経ってしまったようだ。
熱もだいぶ引いた。関節は未だ痛むが、明日には治るだろう。
等と思っていると、チャイムの音がした。
「?誰だろ…。」
身体を起こして1階へと行く。
階段を一段下へ降りる度、静まり返った家に木が軋む音が響いた。
「あ…。」
壁に設置されたインターホンのカメラを覗くとそこには純麗ちゃんの姿があった。
『かえでっちー。お見舞いきたよー!』
ノイズ交じりの声がリビングに広がる。
心細さから開放されたようで、安心した。
「今、開けるね。」
インターホンのマイクに向けて言う。そして、玄関に向かって扉を開けた。
「おはよ!かえでっち!たいちょーは?どんな感じ?」
「熱は引いたよ。………だから、もし良かったら少し話してかない?」
「おっ!いーね!うち、バームクーヘンとカステラ買ってきたんだ!ジュースも!」
純麗ちゃんを自室へと案内する。
普段通りの様子が今は身体に染みいる。
部屋に入った純麗ちゃんはスクエアのテーブル周辺に置いてある座布団に腰掛けた。
私はリビングからコップとお茶菓子を運び、白いテーブルに置く。ついでに取り皿とフォークも。
「そーいやさ。かえでっち。ちさとっちとなんかあったの?」
「え…。ど、どうして?」
純麗ちゃんに貰ったバームクーヘンを切り分ける手をとめて、聞く。
「んー。なんかよーす変だったから!」
「…………そうなんだ…。」
理由は分かっている。恐らく、私の告白が尾を引いてしまったのだろう。きっと、困らせてしまったのだろう。
「……あのね。」
フォークを取り皿に置き、手のひらを膝のうえに乗せる。自然と正座をしていた。
「私、千里くんに好きって、伝えたの。」
「えぇ!?それで!それで!」
「………それで……そのあと…誤魔化したっていうか……。好きって言った時、千里くんすごく驚いてて…。」
「で、振られたと思ったってこと?」
「…………うん。」
純麗ちゃんは腕を組みながら唸っている。
呆れているのだろう。それもそうだ。突然、友人から恋人になろうだなんて烏滸がましいことこの上ない。
しばらくして純麗ちゃんは口を開く。
「んー。あのさ。かえでっち。」
「は、はい。」
顔が近くにくる。前のめりになった純麗ちゃんはいやに真面目だった。
「ちゃんとちさとっちに聞いたの?好きじゃないって。友達としか思えないって。」
「う、ううん。でも、反応……というか、空気…というか…。」
「んー………。」
身体を戻して、再び唸る。中央に眉がよっていく。よほど何か考えを巡らせているようだ。
「……ちょっと酷なこと言うけどさ。ちゃんと相手の返事聞いたほうがいーと思う。……ハッキリ言うと、振られるんなら相手の言葉で振られた方が良いんじゃない。」
「……………。」
確かにそれは酷なことだ。
真っ向から拒絶されるというのは、思いの外こたえる。
だが、そんなことを勧めるのは理由があるはずだ。
「そーいう関係ってさ、きっとちゃんとした方が互いの為にもなるよ。他の人を好きになるにしても、ちさとっちを追い続けるにしてもさ。区切りってのが無いと、切り替えられないし。」
「………………でも、怖いよ。」
純麗ちゃんならば、正面から立ち向かえるかもしれないが、私には到底無理だ。
風邪のせいにして気持ちを伝えたのだから、平常な時に内をさらけ出すことなんてできっこない。
すると、純麗ちゃんはテーブルを回り、私の直ぐ側に座る。
そして、膝のうえに置いていた私の手を握った。
「前にさ。うちと部活の子がケンカした時に、かえでっち着いてきてくれたじゃん?」
「う、うん。」
「そん時さ、うち、話して解決なんて出来ないって思ってた。でも、実際違った。」
純麗ちゃんがバスケットボール部の女子生徒と対立した時のことを思い出す。
私は話してみればいいとアドバイスをしたが、それ以上のことは出来なかった。
「ちゃんとうちの気持ちと、相手の気持ちを擦り合わせて良かったって思ったよ。……じゃなきゃ、心のすみっこでモヤモヤが晴れてなかったかもだし。」
彼女達が和解として交わした握手。その時の光景がありありと浮かぶ。
私は羨ましかった。他人と想いをさらけ出し合い、分かり合うその姿が。
「だからさ。ちゃんとちさとっちの気持ち聞いてみない?」
「………………うん。そうだね。」
純麗ちゃんの言葉に頷く。
恐怖がないわけではない。それでも、ケジメは付けなければならない。その結果がどうあろうと、今度こそ風邪のせいになんてせずに。




