94.うかれ、のち、ごまかし
「ん…。」
身体の節々が僅かに痛い。汗が背に伝わり、気持ち悪い。
そんな中、重い目蓋を開けると自室の天井が映った。
「おはよう。……て、今日はもう言ったか。」
直ぐ側で声がした。
顔を横にすると、千里くんがいた。
私の部屋に、千里くんが。
「えっ!?な、なん、」
ベッドを軋ませ、飛び起きる。その瞬間に、鈍痛が頭を駆け巡った。
「い、た、」
「大人しくしてなよ。病人なんだから。」
そう言われ、思い出すのは気を失う前の出来事。
登校中に、痛みと共に倒れてしまった記憶。
その時、千里くんがいた事を考えれば、家まで送ってくれたのは明白だ。
「…………ごめん。家まで運んでくれたの?」
「うん。あぁ、それとプリンとか買ってきたから。」
「ありがとう。」
何から何まで頭があがらない。
オマケに、私の額には冷えピタが貼ってある。自分で貼った記憶もないので、千里くんにしてもらったのだろう。
「……その、学校は大丈夫…?」
「電話したから。僕は遅刻。君は欠席って。」
「そっか…。ほんとう、ありがと。」
「いいってば。……なんか調子狂うな…。」
千里くんは困ったように眉を下げる。
頭は未だにぼんやりとしている。そのせいか分からないが、思ったこと全てを口に出してしまいそうだ。
いっそのこと、心の内をさらけ出してしまおうか。
病人の戯言だと受け流してくれるかもしれない。
最悪、忘れたことにしてしまえばいいだろう。
なんて、こんな時でさえ狡い考えがよぎっていた。
「…………かぜ。うつっちゃったら、ごめんね。」
口にする言葉に選択に迷いながらも、千里くんを引き留めるように話しかけてしまう。
「あぁ、問題ないよ。僕、妖怪の血のおかげで病気にかからないから。」
「そうなんだ…。……あれ。私も妖怪の血引いてるよ…?」
「座敷わらしのでしょ。僕は酒呑童子だし。やっぱり強い妖怪の方が免疫も上がるんじゃない。」
「そっか。……いいなぁ。」
良いな。たった3文字の言葉。だが、それは何度も私の内で浮かんでは沈んだものだ。
しかし、今は沈まずにふよふよと込み上げてくる。
「……わたし、純麗ちゃんとか、千里くんが羨ましかったんだ。」
起こした身体を見る。
何も変哲がない。少しよれてしまったシャツと膝にかけられた掛け布団が視界に映るだけ。
「2人とも特別だったから。運動ができたり、勉強ができたり…私には、そういうの無いと思ってたから…。」
「…………うん。」
千里くんは相槌をうってくれる。優しく包むように。
「でも、今はちょっと違うんだ。………千里くんが、私を特別って、言ってくれたから。ううん。千里くんだけじゃなくて、お母さんとかお父さんの特別でもあるって、気付かせてくれたから。だからね、」
顔をあげる。
真剣な眼差しが私を捉えていた。
「だから……。」
何を言おうとしたのか。
そんなものは分かりきっていた。
思いの丈、その全てを打ち明けてしまおうとしていたのだ。
きっと止めるべきだ。されど、意思に反して私の口は言葉を滑らす。
溢れ出す想いが言葉として、拙いながらも歩み出ていく。
「だから…伝えたいんだ。ちゃんと、私の気持ちを。千里くんが、好きって、気持ちを…!」
シーツを強く掴む。
伝えてしまった言葉を戻すことは出来ない。
言ってしまった。
言ってしまったのだ。気持ちを。心を。秘めておくべきものを。
千里くんは驚いたかのように目を見開く。
そこから喜びは見て取れなかった。つまりは、彼の大切と私の大切は違ったのだ。
事実を理解した瞬間、握りしめていたシーツを離して手をバタバタと無様に動かす。
「あっ、えっと…、純麗ちゃんのことも、大里先生のことも、好きなの!だ、だから、それも伝えたいなって、思ってて…。」
取り繕う様を見た途端、千里くんは肩の力を抜いてようやく口を開いた。
「………きっと2人とも喜ぶと思うよ。大切だって、言われたら。」
「そ、そっか!……今度、言ってみるよ!」
彼が今、何を考えているかは分からない。けれど、私が誤魔化した瞬間に安堵したような表情をしたのは確かだった。
今日は風邪を引いていてよかった。
きっと、先の言葉も熱に浮かされて言ったことだと、熱のせいに出来るのだから。




