90-4.告げられた願い
地蔵を倒し、状況は一段落する。
晴れて妖怪もいなくなったことなので、いつも通りの生活に戻ることだろう。
「ところで先生。学校ってどうなるんですか。」
ふと気になったことを聞いてみる。
妖怪が出現したことで、先生が他の人を避難させたらしいが、今日は平日。普通であれば学校があるのだ。
先生は微笑み、言う。
「……今日はお休みですかね。ですが、明日からはまた通常通りでしょう。」
「やったー!きょーは休み!……でも、せんせー。他の人にはよーかいのことどうやって説明したんですか?」
純麗ちゃんが小首を傾げた。丁度、私も不思議に思っていたところだ。
妖怪のことを人間へ話しても、奇人としか思われないだろう。
「あぁ…それは…私の力を少し使ったんです。」
「先生の力…ですか?」
先生の力は水を操ることが出来る。だが、それだけ。人を操ることまでは出来なかったはずだ。
その疑問に千里くんが答える。
「もしかして体内の水を操ったんですか?」
「おや。よくわかりましたね。そうです。人の身体にある水を少し減らさせて貰いました。そうすることで、人間の認知機能が低下しますから。」
教師のように、いや、先生は正真正銘教師なのだが、兎に角さまになる姿で説明を続ける。
「水分が減り、頭がぼんやりした状態のままみなさんを言いくるめたんです。……まぁ、これから元の状態に戻しにいかなければなりませんが。」
「へー。たいへんそー。」
何はともあれ、問題はなさそうだ。
であれば、私がすべきことはただひとつである。
「それじゃあ、私はお先に失礼します。これから、行かなきゃいけないところがあるので。」
小さくお辞儀をして、その場を去る。
向かう先は神社。神の待つ場所だ。
***
思えば楽しい一年だった。正確に言えば一年ではないが。
それはそれとして。
去年の春。千里くんや純麗ちゃん、大里先生に出会って。
そうして、妖怪退治を始めて。とても楽しかった。
故に。
特別の証と思っていた妖怪の力を手放すのは恐ろしくない。
そんなものがなくとも私は特別であった。
そもそも、特別でなくても大切にされていることさえ分かったのだからそれ以上望むことなどない。
「こんにちは。」
石段を上がった先、境内の入口に少女の見た目をした神が立っていた。私を待っていたのかもしれない。
「…………どうかしたのか。」
驚くほど落ち着き払った声。
「お願いがあって来ました。」
彼女の近くまで行くと、勢いよく頭を下げる。
「私の力を封印してください。二度と使えないように、しっかり。」
「お主は…それで良いのか。」
「はい。」
刹那たりとも間を置かずに返事をした。
今更この選択を取りやめはしない。
私の力を封印すれば、妖の狭間は元通り。妖怪が暴れることも無くなるだろう。
きっと、また以前と同じ平穏を平穏とも思わない退屈で安らかな日々が息を吹き返す。
「………そうか。じゃが、その前に此方からも頼みがある。最後の頼みじゃ。」
「?」
顔を上げると、不意に神の手が私の手に重なった。
触れた手は僅かに震えている。
「もう時期、妾は妖怪になる。じゃから、そうなった妾を殺せ。」
「え……。」
きっと、今の私は愚蒙極まりない間抜けな顔をしているだろう。それほどまでに、告げられた言葉の意味が分からなかった。
「ど、どうして神様が妖怪になるんです…?それに、どうして倒さなきゃいけないんですか。」
「………そういえば話しておらんかったな。」
神はいつの間にか側にいた白い狼を優しく撫でつける。
手触りの良さそうな毛並みの狼は、気持ちが良いのか目を細めて喉を鳴らした。
「神はのう。神力と呼ばれるエネルギーを使い果たすと自我のない妖怪へとなるんじゃ。……そして神の座は次の代、神の血を引く者へとうつる。」
「力を使い果たすって…まさか、私達の願いを叶えて…?」
「いいや。それだけではならんよ。………時が経てば、自ずとそうなる。理。まぁ、決まりじゃな。」
「……………そんな。」
今まで幾度となく妖怪は見てきた。
確かに彼らは自我らしきものはなく、ただ暴れるだけの生き物だった。しかし、それは私の力のせいなのではないか。
私の特別でありたいという願いが回り回って妖怪を凶暴化させた、そう思っていたのだ。
「……あの。私の力を封印しても、凶暴な妖怪は出るんですか。」
「あぁ。そも、お主の力が作用したのは妖の狭間が不安定になるということだけ。じゃから、力を封印したとて、妖の狭間が此方の世界に侵食しなくなるだけじゃ。」
「そうなんですね…。」
ということは。
彼女はもう時期、出会ってきた妖怪のように醜く、そして自我のない存在へとなってしまうのだ。
正直なところ、認めたくはなかった。
震える彼女の手が、妖怪になることへの恐怖を示している。
私は今まで何度も神に助けられた。ほんの少しだが、一緒に過ごすことさえした。
だから、このまま彼女を妖怪にして、そのまま倒すことはしたくなかった。
「…………あと、どれくらいで妖怪になるんですか。」
静かに聞く。
「そうじゃの。早くてひと月ほどじゃ。」
「分かりました。」
上から重ねられた手。そこからさらりと脱して、自身の手を重ねる。
「待っててください。貴方が妖怪にならない方法を、そのままでいられる方法を探しますから。必ず。」
タイムリミットは一ヶ月。
何としても、彼女を恐怖から解放してみせる。




