90-3.最高の最後
校庭へ行き、先生達と合流する。
地蔵は先生の操る水の檻で器用に閉じ込められていた。
内から外にかけて何重にも水の層を形成しているので、地蔵が暴れても少しは持つだろう。
「よーかい捕獲は出来たけど…これからどーしよ。」
純麗ちゃんが不安げに呟く。
私は息を整えて、告げるべき真実を告げる。
「………任せて。私が『皆』を使って動きをとめるから。」
すると先生が乱れた前髪を指ではねのけ言う。
「ですが、妖力を使うには集中力が必要です。………山吹さん。もう、平気なのですか。」
確かに妖力によって発動する『皆』は平常な状態でなければうまく扱えない。
先の私では出来なかった。だが、今は違う。受け止めるべきものを受け止めた今ならば、落ち着いて事に及べる。
「大丈夫です。……それと、お話ししておかなきゃいけないことがあります。」
確実に『皆』を発動させる為にも、向き合う。
「……今までの妖の狭間の原因は、私にあるんです。」
「へ…?かえでっち。きゅーに何どうしたの…?」
純麗ちゃんの困惑を含んだ視線が突き刺さる。だが、逃げることはない。
「私に流れる座敷わらしの血は幸運を呼ぶんじゃない。私にとっての幸運、つまり都合の良いような物事を起こす力だったんです。」
「…………………なるほど。」
先生が目を細めて、顎を引いた。
何を考えているかは分からないが、話の先を促しているようだ。
「私は、自分が他の人とは違うって、思いたかった。だから、妖怪の力が使えるように異変を起こして、安心したかった。」
これ以上手が震えてしまわぬよう、強く握りこぶしを作る。
力を込めた手にはじんわりと汗がにじんできた。
「……今まで、迷惑をかけてごめんなさい。……純麗ちゃんにも、怪我をさせてごめんなさい。」
頭を下げる。視界には靴先と砂。
「………………かえでっち。顔、あげてよ。」
純麗ちゃんの声が滑らかに入ってきた。穏やかさの中にはいつものようなパワフルな調子がみえない。
そのことに不安を抱きつつも、視線を上へと向ける。
「よし!きーめた!今度かえでっちには回転寿司奢ってもらう!」
そこに居たのは場違いなほど明るい笑顔を浮かばせる純麗ちゃんがいた。
「え?お寿司?」
「そ!寿司!それでチャラ!どう?」
白い歯がちらりと見える。
「…………うん。ありがとう…!私、いくつでもご馳走するよ!100貫でも200貫でも、お小遣いが尽きるまで!!」
「あはっ!ぜったいだかんね!」
差し出された小指を私の小指と絡ませ、指切りげんまんをする。必ず約束を果たすと、決意を込めて。
「話は纏ったようですね。…では、妖怪の拘束を解きます。」
「はい!そうしたら私が『皆』で動きを止めます!」
「あとは僕たちの炎と水で倒すってわけだ。」
千里くんの言葉に頷く。
準備は万端だ。心は湖のように波ひとつなく静かである。これならば『皆』の発動も心配はいらない。
「では、いきます。」
先生の合図と共に、地蔵を囲んでいた水の檻が一層ずつ霧散していく。
そして最後のひとつが空気中へと溶ける。
中から現れたのは変わらぬ様子の地蔵。これまた下品に舌を出して、私達を嘲笑うかのように身体を揺らしている。
「おかしい!おかしい!」
ノイズまみれの不気味な声だった。だが、それに対する恐怖はない。
私がおかしいのは知っている。それでも、大切に想ってくれる人がいる。それなら、出来ることをやる。そう決めた。
故に。腕を前に突き出し、指を組む。
「…もう、迷わない!!『皆』!!」
瞬間、ちろちろと震えていた地蔵の舌が止まった。
地蔵の動きだけでない。その空間全ての動きが停止したかのような、錯覚かどうか定かではないが不思議な感覚に襲われる。
「ナイス!かえでっち!そんじゃ、任せて!」
視界の端から確かな質量を持った炎と水が勢いよく流れ出す。
それらは地蔵に直撃した。
地蔵の表面は硬く、ぶつかった炎と水がしばし停滞する。
「っ、もっと、強く……!!」
だが、濁流となった流れが地蔵の表を削っていく。
圧に耐えかねたのか、地蔵の身体の端からはピキピキとヒビが広がりつつあった。
「あと少しです…!!」
灰色の荒い石で出来た腕が、砕け散る。
「!!」
水と炎が地蔵の分厚い身体を貫通する。
地面には粉々になった石と、水がこぼれ落ちる。
「か、勝った……勝った!!」
未だ実感のない勝利。しかし、これは皆と掴んだものだ。
「やったね!うちら!!」
「……純麗。騒ぐと傷口が開く。」
「でも嬉しいんだもん!」
「………あははっ。そうだね。」
これで私の戦いは終わりだ。
後悔はない。これで、力を手放せる。そう思い、肩の力を抜いた。




