90-1.最悪の再会
そうして適当な話をしながら、学校へと辿り着く。
また、いつも通りの日々が始まるのだ。
普通に授業を受けて、普通に純麗ちゃんたちと遊んで、普通に家に帰る。
てっぺんから爪先まで普通だ。それでいい。普通で、特別な日常に身を委ねよう。
そんな私の薄汚い希望は打ち砕かれた。
「………ね。かえでっち。なんか、がっこー変じゃない…?」
純麗ちゃんの言葉に呼応して、目前の校舎を見る。
3階建ての建物は見てくれには異変がない。しかし、周囲の様子が、あるべきものがないことが、おかしい。
「……確かに、静かだね。生徒が誰もいないみたい…。」
「……もしかして、妖の狭間に来ちゃったのかな。」
彼女の言うとおり、妖の狭間へ転送されたのならこの静けさも納得いく。
だが、それにしても妙だ。静けさはあれど、妖の狭間特有の空気が変わったような感覚は全くもってなかった。
「…………どう、したんだろう。」
不安から手のひらに力がこもる。
もしかすると、私の力のせいかもしれない。座敷わらしの血が幸運、もとい私に都合のよい出来事を引き寄せてしまったせいで有り得ない状況が起こっているのかもしれない。
そう予感していると、対面から何やら走って駆け寄る人影があった。
「山吹さん!岬ヶ崎さん!無事でしたか!」
やって来たのは大里先生だった。後ろには千里くんの姿もある。
不思議と焦る2人の姿を見て、嫌な予感が脳裏にちらつく。
「せ、先生。どうかしたんですか。」
あがる息を整えながら先生は言う。
「妖怪が出現したんです…!この学校に!」
「!!」
千里くんもまた額の汗を拭いながら続ける。
「他の人達は先生が避難させたけど…早く対処しないと。学校から出たら手が追えない。」
2人の話を聞き、何処かで納得してしまった。
いつかこんな事が起こるのではないかと思っていたのだ。
原因はわかりきっている。私が自分の力を手放さないから。故に、妖怪や妖の狭間に異変が生じてしまった。
その選択を取ったのは他ならぬ私だ。だから、こうして先生や千里くん、皆に迷惑をかけているのは自身の選択のせいだ。
「それ、ヤバいじゃん!早く、妖怪倒しに行こ!!」
「そ、そうだね…。」
純麗ちゃんの声にハッとする。
今は後悔している場合ではない。兎に角、出現した妖怪を倒さなければ。
「それで……妖怪は何処にいるの…?」
「もう時期来るはず。」
千里くんの言葉からほんの数秒後。
視界の先、校舎の昇降口から大きな影が見えた。
2,3メートルはある影は手足が枯れ枝のように細長く、手には何か刀のような物を握っている。
首元にかかっている赤いスカーフが揺れた。
「おかしい!おかしい!」
「………………あ、」
現れたのは潮儿山で出会った地蔵だった。しかし、山で出会った時とはまるで姿が違う。
だがその理由も分かってはいる。
きっと、私のせいなのだと。力を手放さないから、座敷わらしの力があの地蔵を都合よく変えてしまったのだと。
「!来たようですね…!」
先生が前に踏み出す。
後ろにいた純麗ちゃんや千里くんは即座に構えた。戦うつもりなのだ。
そんな私達を見た地蔵は、赤い舌を出して再び下品た笑い声を響かせる。
「おかしい!おかしい!おかしい!」
「な、なんなのあのよーかい!喋るし、デカいし、キモいし!」
「……………恐らく神に近しい存在だったのでしょう。それがどうしてあんな姿になったのかは分かりませんが…止めなければいけないことは確かです!」
先生はそう告げて、手を前へと伸ばす。
瞬間、川のような水の流れが空中に発生する。それは、方向性を持ち、地蔵目掛けて真っ直ぐ向かった。
対する地蔵は、細長い腕を動かし始める。それと共に、手にしていた刀もまた音を鳴らしながら弧を描く。
先生が生み出した水を、地蔵は難なく刀で真っ二つにしてしまったのだ。
「っ。やはり防がれますか…!」
次なる策を練るまもなく、地蔵はごぼうのような足を縮こめる。それが何かの予備動作であることは明白だった。
故に、身構えようとした。しかし、その前に地蔵の動きは完了してしまった。
「!?」
足を折りたたんだ地蔵は瞬きの間に私達の間へと入り込んだのだ。
そして、不気味な笑みと共に刀を振るう。
きらりと光る刀身に私が映る。このまま切られてしまうのだと思ったその時、不意に腕が引っ張られた。
「かえでっち!!」
「、」
水っぽい音。鉄のような匂い。そして飛び散る赤い液体。
「す、みれ、ちゃん、」
「ちっ!」
直ぐ側で千里くんが炎を生み出す。地蔵は炎を避けるためか、後ろへと下がった。
「すみれちゃん!すみれちゃん!!」
倒れ込む純麗ちゃんを両腕で抱える。
傷口は右肩から腰の左部分にかけて。かなり大きく、どくどくと血が流れ続けている。
「あ、や、やだ、そんな、」
私のせいだ。私が早く力を封印しないから、だから、妖怪に異変が生じて。だから、純麗ちゃんが傷ついた。
「だい、じょーぶ。だいじょーぶ、だから。……そーだ。ちさとっち。止血、お願い。」
純麗ちゃんは脂汗を滲ませながらも立ち上がる。そして、付近の千里くんに傷口を焼いてもらった。
「岬ヶ崎さん。貴方は、避難を…。」
「そんなこと、言わないでくださいよせんせー。うち、戦います。」
「……………純麗ちゃん…どうして…?」
いつものように、歯を見せて笑う。
「だって、学校壊されたくないし!うち、がっこー好きだからさ!」
眩しいほどに真っ直ぐな純麗ちゃん。
そんな彼女と比べて、私は何をしているのだろう。どうして、こんなにも欲深いのだろう。
数十メートル先の地蔵が動くのが見えた。
攻撃がまた、始まる。




