第2話 賢者の石板(3)
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「こっちこっち」
双子の光輪狼に連れられて、庵の奥にある細長い部屋へとやってきたミスル。大小様々なガラクタが所狭しと積み置かれ、使う予定のない物をとりあえず放り込んでおく物置のような場所なのだろう。通路を塞ぐ用途不明な道具を適当に放り投げながら進んでいくと、突き当たりに壁が見えてきた。ここが研究日誌を保管してある部屋の入り口であるという。
二人並んで壁の下端に手をかける。「せぇの!」と呼吸を合わせて思い切り腕を跳ね上げた。下端は壁の面から飛び出すことなく、双子の鼻先をかすめて奥の空間に吸い込まれていく。一瞬のうちに壁は消失し、暗い開口部が現れた。中を覗き込むと、そこには弧を描きながら下へと伸びる石彫りの階段。底から上ってくる湿気を含んだ土臭い空気に、ミスルは思わず息を潜めてしまう。
「グノーの研究室はこの下にあるんだ。『知識を綴る地底の小人』だから地下の方が落ち着くんだろうね」
「治金を扱うドヴェルグでもないのに手先も器用だったよね」
「そうそう。ヘンな道具を作ってはよく自慢してたなぁ。わたしらに言われても理解できないのにねぇ」
ルミノーヴィルの片方がポケットから取り出した二つの石を打ち合わせ、カンテラに火を灯す。
「足元に気をつけてね。踏み外したらあの世行きだから」
双子の口から「ぐふふふふ」と唸り声にも似た意地悪な笑いが漏れる。ミスルは臆することなく階段へと足を踏み入れた。
乾いた靴音を響かせて慎重に螺旋階段を下りていく。螺旋を一周するごとに体感温度が下がっている気がした。毛深い双子たちに影響はなさそうだが、冷たい空気から身体を守るものが薄い布一枚しかないミスルの肌は粟立ったままである。
永久に続くかと思われた階段がふいに途切れた。ミスルは思わずたたらを踏む。
ごちゃごちゃとも整然とも言い難い空間が目の前に広がっている。天井がかなり低く、ミスルやルミノーヴィルの二人が立っても頭をぶつけないギリギリの高さであった。四方の壁には石彫りの棚。床の上には石造りの大きなテーブルと数脚の丸椅子が置かれている。移動の多い椅子はさすがに木製のようだ。
「ここが⋯⋯?」
「そう。グノーの研究室。立って入れるのはわたしらだけだったから、思い入れも良い思い出もないけど」
カンテラを天井から下がるフックに取り付け、乱暴に椅子へ腰掛ける。
「こき使われたもんね。でも、これからはわたしたちがミスルをこき使ってあげる」
嗜虐心に溢れた瞳をミスルに向け、ぐふふふと笑いをこぼすルミノーヴィル。同じ顔でも性格はいささか異なるらしい。
やれやれ、といったふうにミスルは小さく首を振りつつも、好奇心が抑えられないのか部屋の奥へと足を向けた。カンテラの灯に照らされて、テーブルの上に見たことのない道具や器具が散乱するのがぼんやりと浮かび上がる。液体が入った丸底のガラス容器、蓋付きの試薬入れ、薬研にすり鉢、乱雑に積み上がった小皿などを触れることなく観察している。
「あ、ここにいいのがあった!」
ルミノーヴィルのひとりが声を上げた。
嬉しそうに掲げているのはウラジロオウギの葉だ。文字通り葉の裏側が白くなっており、小枝で引っ掻くと傷ついた部分がすぐに黒く変色することからメモ用紙として利用されている植物である。扇状の葉の大きさが子供の顔ほどもあり、需要も高いことから、古くから人為的に栽培が行われていた。
「ここになんか書いてあるから、これ読んでみてよ」
どれだけの期間放置されていたのかと疑うほど、葉は硬く固形と化していた。どこかに軽くぶつけただけで簡単に粉末になりそうだ。慎重に受け取って、カンテラにかざす。
「どう?」
待ち切れないのかルミノーヴィルも覗き込む。
ミスルからの返事はない。
「どう?」
もうひとりのルミノーヴィルもやってきた。
二人のルミノーヴィルに挟まれ、ミスルは落ち着かない様子だ。
「どうなの?」
双子で声がハモる。
「えーと」
ミスルは言い淀んだ。殴り書きなのか癖なのか。はたまた盗み見を警戒してのことなのか。記された文字は汚すぎて解読不能なのだ。それでも二人の手前、必死に解析を試みる。形や位置から原型を推測し、頭の中で精緻化させる。もはや図形パズルにも等しい行為だが、苦労の甲斐もあって、なんとか文章になりえたようだ。
「活力あふれる若いエルディンブルの初搾りミルク⋯⋯アグニポスの若芽とラウルスの球根を煮溶かしたスープにレジーナクルスの燻製肉を入れて完成⋯⋯でいいのかな?」
「なんだ。ただの料理のレシピか」
「つまんないのぉ」
早々に二人は興味をなくしたらしい。
だが、ミスルは違った。
長い眠りで動きの鈍っていた脳をフル稼働させたことにより、濁っていた意識が明瞭となり知識欲が活性化したのである。
「グノーの研究日誌ってどれ?」
二人に尋ねた声は踊るように弾んでいた。




