第2話 賢者の石板(2)
2
洞穴の長いトンネルを駆け抜ける。
途中にいくつかある分岐点で選択を間違えると致死性の罠が待ち構えているのだが、三人は迷うことなく突き進んだ。
陰渓の森の最深端部。人も獣も寄せ付けない場所にその庵はある。円形に切り取られた空から光が降り注ぎ、地面には木も草花も生えている小さな広場。家らしきものは見当たらないが、広場の中央に根を張る朽ちた巨木の幹こそ、賢者が住むとされる庵なのだ。
「目が覚めたってホント!?」
庵の扉を開け放つと同時に紺色シャツワンピの双子が揃って声を投げかける。が、中の者たちから反応はない。
見慣れた背中が二人の視界を遮るように居並ぶその先にヒト科の少年が眠るベッドがあるのだが、どうやらそこで興味を惹く何かが行われているらしい。意を決した二人が同時に身の丈の倍ある壁に飛びついた。
タワシにも似た触覚の紺青色の剛毛が生えた壁をよじよじ登っていくと、首元を飾る白くて長い特徴的な襟毛へと辿り着く。
「いててて⋯⋯おい、誰だ!」
襟毛を強く引っ張られて、青影狼の獣人が吠えた。
「えへへ、ごめんごめん」
「⋯⋯なんだ、おまえたちか。洗濯はもう終わったのか」
両肩から顔を出した金色立髪にサフィアヴィルは怒りを鎮める。
「ヒトの子が目覚めたんなら、洗濯なんかしてる場合じゃないでしょ!」
「ていのいいサボりの口実だな」
両肩の二人に気遣ってか、サフィアヴィルがゆっくりと膝を折る。二人は慣れた様子で肩を乗り越え、下に降り立った。
ベッドの上には上体を起こした少年。囲むように並ぶ獣人たちの顔に笑顔はなく、なぜか揃って困惑めいた表情を浮かべている。
「なんかあったの?」
周囲の大人たちに気を遣って小声でサフィアヴィルに尋ねる。
「あれだ」
あごをクイと動かし、ベッドの上に散らばった金貨と書状を示した。
「お金?」
「それとツェーネン王国の王様からの手紙だ。グノー宛てのな」
二人の表情が同時に納得へと変わる。
「それでみんな困ってたのか」
「グノーは死んじゃって、もういないもんね」
そう呟きつつベッドの上に手を伸ばし、書状を捕まえた。
手元に引き寄せるとすぐに開く。もうひとりも興味深げに覗き込んでいる。
「⋯⋯なんだこれ」
「毛虫がたくさん踊ってるみたい」
「あの少年が手紙を読んでくれたんだが、その内容というのがだな」
サフィアヴィルが手紙を取り上げ、ベッドの上に戻す。
「期日までにアンデッドモンスターを作り上げろって依頼なんだ」
タイミングを見計らったように周囲の獣人から溜息が漏れる。
「問題はそこよね」
口を開いたのは赤銅色の体毛を持つ紅炎狼である。異なるのは毛の色だけで体格はサフィアヴィルと大差ない。
「長年グノーの手伝いをしてきたんだから、あたしらだけでも作れなくはないと思うんだけど」
「お金⋯⋯欲しい。グノーが死んだのバレたら、定期的にお金もらえなくなっちゃう」
愚痴ったのは淡黄色の長毛が美しい光月狼だ。子供っぽい口調だが、やはり大柄な体格をしている。
「カーッ! グノーが毎晩書いてた研究日誌を読むことができればなぁ!」
「読んでもらえばいいじゃん」
緑閃狼に紺色ワンピコンビがツッコむ。
「この子に研究日誌を読んでもらえばいいんだよ。手紙が読めるならグノーの日誌も読めるでしょ」
「言葉も通じるなら、この話は解決じゃん」
その手があったか!
大柄獣人たちが一斉にはたと膝を打った。
頼りない大人たちをそのままに双子のひとりがミスルに向き直る。
「ねぇねぇボクくん、お名前教えて。わたしたちは光輪狼。あなたは?」
「⋯⋯ミスル」
「ミスル! やっぱり言葉は通じるんだ」
「ということは、つまりー⋯⋯」
双子は顔を見合わせ、頷いた。
「今までの会話も全部聞かれていたわけだ」
「グノーが死んだことも知られちゃったかー。これは簡単に帰すことができなくなりましたなー」
双子の一人がベッドに飛び乗って、二人の間にミスルを挟む格好となる。
二人は腕をミスルの首に回すと、正面を見据えたままミスルに語りかけた。
「アンデッドモンスター作りに協力してくれるよね?」
「ちょうど、歳の近い友達が欲しかったんだよねー」
ミスルに了承以外の選択肢は残されていなかった。




