9.邪神の加護とは!?
星乃は武器庫を後にしながら、前を歩くリリアの背中をじっと見つめた。
(リリア・クロイツ。さっき名前を聞いて、ようやく思い出したわ)
『スカイボン』の序盤のチュートリアルが終わる前に、ギルドの魔法陣の前に立っていたNPC。彼女はその後、どこかからやってきた「勇者」のパーティに組み込まれ、いつの間にかギルドから姿を消す。
そして、その立ち位置にはエルミナ・クロイツという、彼女とよく似た年齢の別の女性NPCが配置される。
その後、勇者たちが強大な魔人に敗れるというバックストーリーが語られる。
そこには、勇者と共に戦った仲間たちが全滅したというテキストだけが残る。
リリアは、設定上の歴史の中で魔人に殺される運命にある存在だった。
(それが、今こうして目の前で生きて、私に指示を出している。世界のシナリオが、少しずつズレているかもしれないわね)
星乃は内心で呟く。
主人公である「スカイボン」がどこにいるのかもわからない状況で、彼女の運命もまた、どう転がるかわからない。
『あの……邪神様。これから、どうなるのでしょうか』
セシリアの不安げな声が、頭の中に響いた。
(どうもならないわ。私たちが生き残るために、力をつけるだけよ)
星乃は冷たく返す。
(あんた、前に「神の加護がない」って言ったわよね)
『は、はい。神殿の教えでは、神様を信じることで低位の加護がもらえると。そして勇者様は、神様から直接高位の加護をいただき、特別な存在になると教わりました。同じ位の冒険者でも、強さが全く違うそうです』
セシリアの知識を引き出しながら、星乃は思考を深める。
ゲーム内でもその設定は存在した。
神の属性によってステータスにボーナスがつき、特定のスキルが強化される。
今、自分は邪神を名乗っている。
だが、システム上の存在ではない星乃に、セシリアへ与えられる魔法的な加護などない。
(でも、本当に何もないのかしら?)
星乃は自身の持つ「プレイヤーとしての経験」こそが、何よりも強力な武器になるのではないかと考えていた。
任務までの四日間、星乃はセシリアを操り、ギルドの裏手にある練習場で様々な実験を繰り返した。
的を射る練習、木の人形を叩く練習。
周囲の冒険者から奇異の目で見られながらも、基礎的な動きを確認し続けた。
実験で分かった最大の制約は、「セシリアの合意がなければ体を操れない」ということだ。
そして、星乃がセシリアの体を操ると、精神的な疲労が極端に蓄積する。
(限界は、大体十分ってところね)
十分を超えると、視界が白く濁り、強制的にセシリアへ操作権が戻ってしまう。
セシリア自身も、日々の労働で鍛えられており、一般的な市民よりは筋力がある。
だが、魔力を帯びた「下級」の領域には到底及ばない。
(ただの「凡人」クラスね。レベルで言うなら5から9の間)
星乃はこの世界の強さの指標を思い返す。
凡人から始まり、下級 → 中級 → 上級 → 極級 → 究極 → 禁忌 → 超越。
レベル10に達すれば下級として身体強化魔法が使える。
だが、ゲームと違ってステータス画面がないため、現在のレベルを正確に測ることは不可能だ。
装備や経験によって戦力は大きく変わる。
(数字がないなら、実戦で感覚を掴むしかないわ)
休憩時間、セシリアは木のベンチに座り、息を整えていた。
『邪神様……体が、すごく重いです』
(我慢しなさい。四日後の任務で死にたくなければね)
星乃は冷淡に告げながらも、内心ではある一つの確信を持っていた。
(あの隠しステージで中級のボスを倒せたのは、決してこの体の筋力や、武器の性能で勝ったわけじゃない)
理由は明確だ。
相手の攻撃が当たる直前に受け流す「ジャストパリィ」。
攻撃をギリギリで避けて隙を作る「ジャスト回避」。
ゲームのシステムとして体に染み付いているあの動きが、現実の物理世界でも完全に再現できたからだ。
もし、あの二つの技術がいつでも自在に引き出せるのなら。
(私自身の存在が、この小娘にとって最強の「加護」になる)
魔法によるステータス強化などなくても、敵の攻撃をすべて無効化し、弱点を穿つことができる。
それを実証する場が、明日の討伐任務だ。
そして四日後の朝。
ルミナ都市の東門前に、五人の姿があった。
全身を重厚な鋼の鎧で覆った大柄な男、ガラン。
彼は身の丈ほどある巨大な盾を背負っている。
軽装の革鎧をまとい、腰に細身の剣を下げた青年、レオン。
赤いローブを着て、手にした杖の先に熱を帯びた魔石をはめ込んでいる女性、ミュラ。
そして、彼らの後方に立つリリアと、緊張で身を強張らせているセシリアだ。
「ギルド長から話は聞いている。お前が例の『裏の人格』を持つっていう新入りだな」
ガランが低い声でセシリアを見下ろした。
「あ、はい……セシリアと申します。よろしくお願いします……」
セシリアは縮み上がるように頭を下げる。
レオンが軽く手を振った。
「まあ、肩の力抜けよ。俺たちは中級のチームだ。森の外縁部の魔獣なら、俺たちだけで十分蹴散らせる。お前は後ろで大人しく見学しててもいいんだぜ」
レオンの軽い口調に、ミュラがため息をつく。
「油断しないで、レオン。最近の魔獣は活動が不規則なの。新入り、リリアから離れないことね。私たちはあなたの面倒まで見る余裕はないわ」
ミュラの冷たい視線に、セシリアは何度も頷いた。
「わ、分かっています。邪魔はしません」
リリアが前に出て、杖を軽く地面に突いた。
「全員、準備はいいですね。今回の目的は暗緑の森の外縁部に発生した魔獣の群れの殲滅。セシリア、貴女は私の傍で遊撃を担当します。裏の人格に頼る状況になったら、すぐに言いなさい」
「はい、リリアさん」
(ふん、余裕ぶってるわね。まあ、手伝ってあげるわよ)
星乃はセシリアの意識の奥で、静かに闘志を燃やす。
これから向かうのは、ゲームの序盤で何度も通った森だ。
出てくる魔獣の攻撃パターンは、すべて頭の中に入っている。
(行くわよ、セシリア。私の力の使い方、しっかり見せてあげる)
『は、はい。邪神様……どうか、無茶はしないでくださいね』
(あんたの体力が持つ範囲でね)
五人のパーティは、都市の門を抜け、鬱蒼と茂る暗緑の森へと足を踏み入れた。




