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8.「スカイボン」はどこの誰だ?

ギルドの裏手にある通路を抜け、リリアは重厚な鉄の扉を開けた。


そこは広大な武器庫だった。


壁一面に様々な種類の剣、槍、弓が掛けられ、木箱には防具や道具が整然と積まれている。


リリアは奥の棚から小さな木箱を取り出し、中から銀色の装飾のない指輪をつまみ上げた。


「セシリア。貴女にはこれを支給します。低級収納魔法が付与された指輪です」


リリアは指輪をセシリアの掌に落とす。


「収納魔法……?これに、荷物が入るんですか?」


セシリアは冷たい金属の感触に驚き、目を丸くして指輪を見つめた。


「ええ。小さな武器や道具なら、魔力を少し流すだけで内部の空間に収納し、いつでも取り出せます。大変な貴重品です。もし失くしたり落としたりすれば、貴女は一生ギルドでただ働きをして弁償することになります」


リリアの厳しい警告に、セシリアの顔から血の気が引いた。


「い、一生……!大事にします!絶対に落としません!」


セシリアは震える手で指輪を指にはめ、落ちないか何度も確認する。


(なるほど、インベントリ機能の代わりね。容量は少なそうだけど、今の私には十分よ)


星乃は脳内で状況を整理する。


システムによる山ほどのアイテム所持ができないこの世界では、収納魔法のアイテムは必須だ。


(おい、セシリア。私の言う通りにリリアに頼みなさい)


星乃はセシリアに直接命令を下す。


『は、はい。邪神様……何を頼めばいいんですか?』


(短剣を一本、槍を一本、それから弩弓を一つ。あとは回復薬を三つ要求しなさい)


『えっ!?そんなにたくさん……!?しかも、違う武器ばかり……』


「あの、リリアさん……武器を、選ばせていただきたいのですが」


セシリアはおずおずと口を開いた。


「構いません。基本的な鉄製の武器から選びなさい。何を使いますか」


「えっと……短剣を一本、槍を一本、弩弓を一つ、お願いします。それと、回復薬を三つ……」


セシリアの言葉を聞いた途端、リリアの眉が大きく跳ね上がった。


「三種類の武器ですか?貴女、本気で言っているのですか」


リリアの眼差しが鋭くなる。


「短剣、長柄の槍、そして射撃用の弩弓。それぞれ全く異なる扱い方が求められます。歴戦の冒険者であっても、複数の武器を同時に使いこなす者は稀です。初心者がそんな真似をすれば、戦場で混乱して命を落とすのが落ちです。どれか一つに絞りなさい」


正論だった。


リリアの言葉に、セシリアは返答に窮する。


(適当に言い訳しなさい。もう一人の私の感覚がそう言っている、とか何とか)


星乃の指示が飛ぶ。


「そ、その……私の中の、もう一人の私が……これがいいと、強く言っていまして……その感覚が、私にもなんとなく分かるんです。これなら、戦えると……」


セシリアは視線を泳がせながら、必死に取り繕った。


リリアは深くため息をついた。


「……分かりました。貴女の異常な戦闘力は事実です。あの裏の人格が使いこなせるというのなら、提供しましょう」


リリアは壁の棚から鉄製の短剣、標準的な長さの槍、そして装填用の機構が付いた弩弓を取り出し、セシリアの前に並べた。


「指輪の収納機能を使ってごらんなさい。指輪に意識を集中させ、対象に触れるのです」


セシリアが言われた通りに武器に触れると、それらは一瞬で光の粒子となって指輪に吸い込まれた。


「では、四日後の任務について説明します」


リリアは姿勢を正し、真剣な表情でセシリアを見た。


「装備の準備が終わったところで、四日後の任務について説明します。我々がいるこの都市ルミナ、その冒険者ギルド『星屑の剣』に所属する中級の冒険者チームと合流します」


セシリアは静かに頷き、リリアの言葉に耳を傾ける。


「目的地は、都市の東に広がる『暗緑の森』の外縁部。そこで増殖している魔獣の徹底的な殲滅を行います」


リリアは手元の羊皮紙を開き、メンバーの構成を読み上げた。


「チームは私を含めて五人です。前衛で魔獣の攻撃を受け止める重騎士のガラン。機動力を活かし遊撃を行う剣士のレオン。後方から高火力の魔法を放つミュラ。そして、サポーターとして私、リリアが補助と治療を担当します。最後に、遊撃枠として貴女、セシリアです」


(なるほどね。前衛のタンク、中衛のバランス型アタッカー、後衛の火力魔法、そしてサポート。完璧なお手本通りのパーティー編成ね)


星乃は脳内で評価を下した。


ゲームの知識から見ても、非常に安定感のある構成だ。


全員が中級で、明確な役割分担ができている。


星乃は冷静に戦力分析を行う。


(安全第一でバランスのいいパーティーだわ。さすがに現実に即した世界だけあって、無理な特攻はしないってことね)


「全員が実戦経験豊富な中級です」


リリアは羊皮紙を巻き直す。


「森の外縁部であれば、彼らだけでもリスクは低いです。ですが、貴女のその……隠された力があれば、さらに奥に潜む強力な魔獣の排除も可能かもしれない。ギルド長はそう期待しています」


「ただし、貴女を完全に信用したわけではありません」


リリアの声が一段と冷たくなる。


「貴女の中の裏の人格が、いつ暴走して味方に襲い掛かるか分かりません。念のため、貴女が眠っている間に、私の方で呪縛魔法を仕込んでおきました」


「え……?じゅ、呪縛魔法……?」


セシリアは自分の体をペタペタと触るが、何も変わったところはない。


「少し、試してみましょう。動かないでください」


リリアが杖を短く振る。


その瞬間。


「ああっ……!?」


セシリアの全身を、強烈な痺れが襲った。


筋肉が硬直して意思を無視し、強制的に地面に膝をつかされる。


痛みはない。


しかし、指一本動かすことができず、声すら出せない。


完全な行動不能状態だ。


数秒後、リリアが魔法を解除すると、セシリアは荒い息を吐きながら床に崩れ落ちた。


「はぁっ、はぁっ……!」


「これが呪縛魔法です。私の意思一つで、いつでも貴女の動きを止められます。裏の人格が敵対行動を取れば、即座にこれを発動させ、処分します。よく覚えておきなさい」


リリアは冷たく事実を告げた。


「は、はい……分かりました……」


セシリアは涙目で何度も頷く。


(ふん、やるわね。さすがはリアルの異世界、NPCの思考が合理的で隙がないわ)


星乃は内心で称賛した。


プレイヤーの無軌道な行動をシステムで制限できない分、キャラクターたちが自らの意思で完璧な安全対策を講じている。


『ま、邪神様……本当に大丈夫なんですか……?こんな恐ろしい魔法までかけられて……』


(ビビらないの。ただの行動阻害魔法よ。私が戦っている最中に使われたら厄介だけど、連中を敵に回さなければ問題ないわ)


星乃は至って冷静だった。


(それに、短剣、槍、弩弓。これだけ揃えば、近接から遠距離まで対応できる。バースト型の武器マスターとして立ち回れるわね)


星乃は戦術を組み立て、勝利への道筋を描く。


体力の限界というリアルな制約も、タンクがヘイトを集めている間に休めば解決する。


しかし、戦術を考える星乃の思考の片隅に、一つの大きな疑問が浮上した。


『スカイボン』は、広大な世界を舞台にしたオープンワールドゲームだ。


本来のゲームであれば、プレイヤーが世界の運命を左右する圧倒的な存在、つまり「スカイボン」として物語を進めるオープンワールドRPGだ。


すべてのストーリー、すべての事件は、プレイヤーを中心に発生し、解決されていく。


だが、ここはゲームのシステムを持たない現実の世界。


主人公であるはずの「プレイヤー」が存在しないこの世界で、本来進むはずだったストーリーは一体どうなっているのか。


星乃は思考を巡らせる。


自分がこの世界に干渉している今、本来のシナリオはすでに崩れ始めているかもしれない。


スカイボンという「埒外の存在」が、この世界のどこかで動いているかもしれない。


それが自分にとって味方となるのか、それとも最悪の敵となるのか。


スカイボン……一体どこの誰だ……

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