7.レベルも経験値もドロップアイテムもない!?
冷たい牢獄を出て、ギルドの裏手にある明るい廊下を歩く。
先導するのは、杖を持ったローブ姿の魔法使いだ。
「改めて名乗ります。私はリリア・クロイツ。中級の魔法使いで、この冒険者ギルドの管理役を務めています」
歩きながら、リリアは振り返らずに淡々と自己紹介をした。
「あ、はい……セシリアです。よろしくお願いいたします、リリアさん」
セシリアは両手を胸の前で重ね、おどおどと頭を下げる。
リリアは足を止め、振り返ってセシリアの腰元へ視線を落とした。
「セシリア。今回の特別任務に同行するにあたり、一つ忠告があります。貴女のその短剣、もう使い物になりません」
リリアの厳しい口調に、セシリアはびくっと肩を震わせる。
「えっ?使い物にならないって……」
「刃は欠け、柄の部分もひび割れています。魔力も通らない粗悪な鉄クズです。実戦に出る前に、きちんとした武器に買い替える必要があります」
セシリアは目を丸くして、腰の短剣を両手で覆い隠すように抱え込んだ。
「そ、そんな……!これ、冒険者になるために、借金をして買った大切な武器なのに……!町の商人さんが、初心者におすすめの丈夫な剣だって……」
声が涙ぐんでいる。
(あんた、完全に騙されてるわね。どう見ても廃棄寸前の中古品よ)
星乃は脳内で呆れ返りながら、冷酷な事実を告げた。
『えっ……?じゃあ、あの商人さんは私に嘘を……?』
(そうよ。世の中、善人ばかりじゃない。田舎から出てきた無知な小娘から金を巻き上げるなんて、よくある話でしょ)
『そんな……』
セシリアの心は二重のショックで打ち砕かれ、うなだれてしまった。
「とにかく、その武器では次の任務で命を落とします。ギルドの備品を貸し出すので、それで戦いなさい」
リリアの現実的な言葉が、セシリアの胸にさらに重くのしかかった。
しかし、星乃の思考はすぐに別の方向へ向かった。
騙されたこと自体はどうでもいい。
問題は、昨日の戦闘で自分がこの粗悪品を使っていたという事実だ。
(ちょっと待って……私、昨日のボス戦、このヒビだらけのなまくらで戦ったの?)
星乃の背筋に、冷たい汗が伝う感覚が走る。
『スカイボン』のゲーム内では、初期装備の武器でも「耐久度」という概念は存在しなかった。何度攻撃しようが、どれほど硬い敵を斬ろうが、武器が途中でへし折れることは絶対にない。システムに守られていたからだ。
だが、ここは現実だ。
物理法則が完璧に機能する世界。
あの中級魔獣の、鋼より硬い顎の肉を、この今にも折れそうな鉄くずで何度も刺し貫いていたのだ。
(もしあの時、少しでも角度を間違えて骨に刃が当たっていたら?もし剣が途中で折れていたら?)
想像するだけで吐き気がする。
武器を失い、丸腰の状態で巨大な狼の牙を避けることは不可能だ。
即座に頭を噛み砕かれて死んでいただろう。
(危なかった……本当にギリギリだったんだ……)
星乃は自身の無謀なプレイを呪った。
ゲームの知識だけで突っ走った結果、現実の物理法則という致命的な落とし穴に気づいていなかった。
さらに、星乃は昨日の戦闘終盤の異常な疲労感を思い出す。
(武器だけじゃない。体力の消耗も、ゲームとは全く違う)
ゲーム内でのスタミナゲージは、一定時間休めば数秒で回復する。
連続で回避行動をとっても、プレイヤー自身の肉体的な疲労は反映されない。
だが、昨日は違った。
数分間、極度の緊張状態でジャスト回避を連発し、全身の筋力を使って魔獣に攻撃を叩き込んだ。
その結果、心臓は破裂しそうに脈打ち、肺は悲鳴を上げ、手足には鉛が詰まったような重さがのしかかった。
疲労が蓄積するにつれ、回避の反応速度は露骨に落ちていった。
(あんな戦い方、二度とできないわ)
星乃は冷静に分析を下す。
ボロボロの粗悪品を持ち、体力の上限が低い凡人の肉体で、格上の魔獣をジャスト回避だけで封殺する。
それは、奇跡的な偶然と、ゲームプレイヤーとしての極限の集中力が生み出した一度きりのまぐれだ。
今、もう一度同じ魔獣と戦えと言われても、確実にスタミナが尽きて殺される。
(このままじゃダメだ。圧倒的に戦力が足りない)
星乃は現状の打開策を必死に模索する。
(まずは強い武器と防具を揃える。そして、体力を底上げする。ゲームの基本よ。弱い雑魚魔獣を狩りまくって、どんどんレベルを上げれば、ステータスも上がるしスキルも覚えるはず……)
星乃は空を見上げ、ふと立ち止まる思考に捕らわれた。
(……レベルを上げる?)
昨日の戦闘後、魔獣を倒した瞬間にファンファーレは鳴らなかった。
ステータス画面を開こうにも、システムメニュー自体が存在しない。
倒した魔獣から、換金用のアイテムが光の粒となってドロップすることもなかった。
(あれ……?ちょっと待って)
星乃は視界の端から端まで目を凝らす。
HPバーもない。
MPゲージもない。
ミニマップも、現在のレベルを示す数字も、次のレベルまでの経験値を表すバーも、どこにも存在しない。
ただ、現実の風景が広がっているだけだ。
(嘘でしょ……)
星乃は一つの致命的な事実に思い至った。
ここは、ゲームの世界観を持った「現実の異世界」だ。
魔獣を倒したからといって、不思議な力で経験値が溜まり、突然レベルが上がって強くなるような都合のいいシステムは、ここにはない。
体を鍛え、技術を磨き、時間をかけて成長するしかない。
現実の人間の肉体と同じように。
(レベルも経験値もドロップアイテムもない……!?)
星乃は、この過酷な異世界で、初期ステータスの村娘の肉体のまま、丸腰で放り出されたという絶望的な事実に直面し、言葉を失った。
【作者から、ひとつだけお願いです】
少しでも、
「何かが残った」
「続きを見てみたい」
と思っていただけましたら、
1秒かけて【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると嬉しいです。
もしよろしければ、ブクマもしていただけると励みになります。
あなたのその1秒が、この物語を続けるための支えになります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。




