53.司祭のソレイヤ様に、お会いしたいです
「ど、どうしようー!」
セシリアは頭を抱え、訓練用の木剣を放り出して石段の隅でうずくまった。
王都に、あの街道で戦った極級の魔人を従える邪神メティシアがいる。
その事実をようやく理解し、彼女の全身から冷や汗が吹き出す。
『ハルト様とイリス様と一緒に、討伐に行きますか!?いや、報告した方が……!』
必死に星乃に呼びかけるセシリア。
だが、星乃の声は至って冷静、いや、呆れすら混じっていた。
(ちょっと落ち着きなさいよ。あの役立たず二人を連れて行ってどうするの?不快を買ってしまえば、一瞬で全滅させられるわよ)
『えー!?役立たずって……ハルト様は極級の勇者で、イリス様は聖騎士ですよ!?』
(極級だの聖騎士だの言っても、相手はLv150…いや、つまりこの世界では超越のクラスの存在かもしれないのよ。あの魔人相手に手も足も出なかったハルトを思い出してみなさい)
その言葉に、セシリアは押し黙った。
確かに、魔人の放つ圧倒的な魔力の前では、勇者さえも容易く倒されていた。
もし、自分の体に邪神様が宿っていなければ、間違いなく全員死んでいた。
『怖い……じゃあ、私たちだけで行くんですか?』
セシリアは震える声で尋ねる。
『なんで、私たちからわざわざ邪神に会いに行かないといけないんですか?隠れていれば……』
(甘いわね。流石に王都に来てもう結構な時間が経っているのよ。あいつも、私たちのこと、つまり『ヴァルキュリャ』を名乗る存在が王都に入ったことを把握しているはずだわ)
ゲームシナリオに基づいて考えた結果、会いに行かないとまずいかもしれない。
(私たちから会いに行かないと、向こうが痺れを切らして探しに来る。その時、機嫌が悪い状態で接触されたら、優しくなんてしてくれないわよ)
『優しく……?』
(先手を打って、こっちから挨拶に行くの。そうすれば、少なくとも対等な交渉の場には持ち込める。だから、明日騎士団の休みを取りなさい)
星乃の断固とした指示に、セシリアは涙目で頷くしかなかった。
翌朝。
セシリアは星乃の指示通り、騎士団の担当教官に体調不良という理由で休みを申請した。
昨日の訓練で異常な体力を見せつけた彼女が休むということで教官は少し驚いていたが、すぐに許可をくれた。
私服である純白のブラウスと淡い青のスカートに着替え、セシリアは騎士団本部の重厚な門をくぐった。
王都の街並みに出るのは、リリアに服を買ってもらったあの日以来だ。
『邪神様、人は多いですね』
(周囲をよく見なさい。王都の地理を頭に叩き込むのよ)
恐怖で足がすくみそうになっていたセシリアだが、活気に満ちた大通りを歩き始めると、少しずつその足取りが軽くなっていった。
道の両側には、色とりどりの果物や焼きたてのパンを並べた露店が連なり、大声で客を呼ぶ商人たちの声が響く。
馬車が行き交い、様々な階級や職業の人々が道を歩いている。
ペトラ村やルミナ都市では見たこともないような華やかな光景だ。
『わあ……!あのガラス細工、綺麗です!あっちの屋台からはお肉のいい匂いがします!』
セシリアの瞳が輝き、恐怖が少しだけ薄れていく。
村娘にとって、この王都の賑わいは刺激が強すぎた。
(ちょっと、セシリア。遊びに来たわけじゃないのよ。右の細い路地に入りなさい)
星乃の呆れた声が響き、セシリアは慌てて歩幅を修正する。
華やかな大通りから一歩外れると、そこは石畳の傷んだ平民街の風景へと変わった。
建物の背も低くなり、洗濯物が無造作に干されている路地を、星乃の的確なナビゲートに従って進んでいく。
『邪神様は、王都の道にも詳しいのですね』
(まあね。ここに来るのは初めてだけれど、頭の中に地図は入っているから)
星乃はゲームの情報を頼りに、目的地への最短ルートを指示し続ける。
入り組んだ路地を抜け、少し開けた小さな広場に出た。
そこには、周囲の民家と同化するようにひっそりと建つ、石造りの古い教会があった。
屋根には色褪せた鐘楼があり、ステンドグラスもない簡素な木製の扉が閉じられている。
帝国騎士団の本部近くにある華やかな大聖堂とは比べ物にならない、粗末な施設だ。
『ここ……ですか?』
セシリアが心の中で尋ねる。
(そうよ。さあ、中に入りなさい)
星乃の短い返事を受け、セシリアは唾を飲み込み、重い木製の扉を両手で押し開けた。
キィィという軋む音が響き、薄暗い礼拝堂の中に外の光が差し込む。
中は埃っぽく、長椅子が数列並んでいるだけの質素な空間だった。
一番奥の祭壇の前で、黒い修道服を着た若いスタッフが、燭台の掃除をしているのが見えた。
「あ、あの……」
セシリアが控えめに声をかけると、スタッフが手を止め、振り返った。
丸眼鏡をかけた、気の弱そうな青年だ。
「はい。どちら様でしょうか。お祈りですか?」
青年が不思議そうにセシリアの清楚な姿を見つめる。
この貧しい教会には不釣り合いな客だと思ったのだろう。
セシリアは両手を胸の前で強く握り締め、星乃に教えられた通りの言葉を口にした。
「あの……司祭のソレイヤ様に、心の迷いを聞かせていただきたいのですが」




