5.なんで邪神になったのよ!?
(ちょっと待って、冷静に考えよう)
月宮星乃は、意識の奥底で必死に記憶の糸を手繰り寄せていた。
違和感は、この世界に降り立った直後、あの馬車の荷台で目覚めた時からあった。
ゲームを起動した直後、異常な熱と息苦しさに襲われた。
あの時、私の体は限界を超えていた。
契約の配信時間をこなすため、何日もまともに眠っていなかった。
(もしかして、私……あのカプセルの中で過労死したの?)
背筋が凍るような冷たさが精神を駆け巡る。
ログアウトできないのではない。
帰るべき現実の肉体が、もう存在しないのかもしれない。
そしてなぜか、私はこの「スカイボン」の世界で、セシリアという気の弱いNPCの少女の心の中に宿っている。
目の前では、セシリア本人が泣きながらギルド長たちに事情を説明している。
現実逃避している場合ではない。
この状況をどうにかして乗り切らなければならない。
(おい、聞こえるか。泣き喚くのはやめなさい)
星乃は、セシリアの意識に直接語りかけた。
『ひっ……!?だ、誰!?どこにいるの!?』
セシリアの思考が跳ね上がり、激しいパニックを起こすのが伝わってくる。
(落ち着け。私はあんたの頭の中にいる。昨日のギルドでの騒ぎは、私がやったのよ)
星乃は素早く思考を巡らせる。
ここで馬鹿正直に「異世界から来たプレイヤーだ」なんて説明すれば、このお人好しの小娘はそのままギルド長たちに喋ってしまうだろう。
得体の知れない存在に体を乗っ取られていると知れれば、最悪の場合、異端として処刑されかねない。
都合の良い嘘をつく必要がある。
(私は女神ヴァルキュリャ。あんたの体に一時的に宿らせてもらった)
『め、女神、様……?ヴァルキュリャ……?』
セシリアの心境が困惑に染まる。
(そう。高位の存在よ。だから、私が中にいることは絶対に他人に喋らないで。喋ったらどうなるか……わかるわね?)
星乃は少し脅しをかけるつもりで言った。
しかし、セシリアの反応は星乃の予想とは全く異なるものだった。
『ヴァルキュリャ……聞いたことがありません。神殿で教わる神様の中に、そんなお名前の方はいなかったはず……それに、昨日あんな恐ろしいことを……』
セシリアの震えがさらに大きくなる。
『もしかして……邪神、様ですか……?邪悪な神様が、私の体を乗っ取ろうと……!?』
(は?違うわよ!私は邪神なんかじゃない!女神だって言ってるでしょ!)
星乃は慌てて否定する。
(やばいやばいやばい!!!ゲームの世界観との違いを考えずに、つい現実世界の神の名前を口にしてしまった!)
『でも、本当に良い神様なら、私を勇者にして加護をくださるはずです!おとぎ話ではみんなそうです!私、今何も加護をもらっていませんし、体も勝手に動かされて……痛い思いもしました!良い神様だというなら、証拠を見せてください!』
普段は臆病なはずのセシリアが、命の危機を感じたのか、必死の抗議をぶつけてくる。
(証拠って……)
星乃は言葉に詰まった。
もうゲームのシステムがない、加護なんてものを与えるわけがない。
何より、昨日の自分は最速クリアを目指して暴れ回り、NPCを脅し、勝手に魔法石を奪い取った。
どう考えても、慈愛に満ちた女神の行動ではない。
星乃が返答に窮して黙り込むと、セシリアの絶望は確信へと変わった。
『ああ……やっぱり……邪神様なんですね……私の体を……どうするおつもりですか……』
セシリアの精神が恐怖で萎縮し、今にも壊れそうになる。
(……ええい、もう面倒ね!)
星乃は内心で毒づいた。
こうなったら、毒食わば皿までだ。
(……ええ、そうよ。私は邪神。あんたの体を隠れ蓑にさせてもらっているの)
星乃は冷酷な声色を作って宣言した。
『ひっ……!』
(大人しく言うことを聞くなら、命までは取らないわ。でも、逆らうなら……周りにいる連中を皆殺しにする)
星乃の脅し文句に、セシリアの心が悲鳴を上げる。
『お、お待ちください!お願いです、邪神様……!他の方に手を出さないでください!』
(だったら、私の存在を隠し通しなさい。そして、私が必要な時は体の制御を渡しなさい)
セシリアは牢獄の冷たい床の上で震えながら、心の中で必死に懇願した。
『わ、わかりました……私の体を差し出します……ですから、どうか他の人たちを傷つけないでください……約束してください……!』
(……いいわ。取引成立ね。あんたが大人しくしている限り、無闇に殺したりはしない)
星乃は内心で安堵のため息をつきながら、尊大な態度で答えた。
これで、ひとまずはセシリアの口を塞ぐことに成功した。
ギルド長たちの追及をどう躱すか、次の手を考えなければならない。
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