4.私、NPCに憑依してるみたい
冷たい石の床の感触と、手首を締め付ける重い金属の感触で、意識が浮上する。
薄暗い視界の中、ゆっくりと目を開ける。
そこは鉄格子に囲まれた狭い部屋だった。
壁には松明が灯り、揺れる火の光が室内を照らしている。
両手は太い鎖で壁に繋がれていた。
立ち上がろうとしても、鎖の重みで身動きが取れない。
「ひっ……!」
思わず短い悲鳴が口から漏れる。
鉄格子の外には、複数の人影が立っていた。
ローブを着た魔法使いのリリア。
立派な装飾の施された服を着た、厳格な顔つきの中年男性。
そして、武器を携えた歴戦の冒険者たち。
彼らは皆、鋭い視線をこちらに向けている。
中年男性が腕を組み、低く威圧感のある声を出した。
「気がついたか。俺はこの冒険者ギルドのギルド長、ゼルト・エルグランだ。お前は昨日、当ギルドでとんでもない騒ぎを起こした。大人しく質問に答えろ」
私は全身を震わせ、パニックに陥りそうになるのを必死に堪える。
昨日の記憶はある。
頭の中にしっかりと映像が残っている。
でも、あれは私ではない。
私がやったことではない。
「わ、私はセシリアと申します!信じてください、昨日のあれは、私じゃありません!」
鎖をガチャガチャと鳴らしながら、必死に声を振り絞った。
ギルド長は冷ややかな目で私を見下ろしている。
「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけ。現にお前はあの怪物を一瞬で倒した。そして今、俺たちの目の前にいる」
「違います!馬車に乗ってギルドに向かっている途中から、急に体が動かなくなったんです!勝手に体が動いて、勝手に喋って……私自身はずっと頭の中で見ていることしかできませんでした!」
必死に言葉を繋ぐ。
恐怖で声が震える。
「私は、北にあるペトラという小さな村の出身です。父は冒険者でした。でも魔獣との戦いで死んでしまって……それからは母と二人で暮らしていました。でも、その母も病気で亡くなって、私一人になりました。両親の治療費で借金が残ってしまって……それを返済するために、冒険者になるしかなかったんです!」
息を継ぎながら、全てを正直に打ち明ける。
周囲の冒険者たちがヒソヒソと話し始める。
ギルド長は傍らに立つ職員から羊皮紙の束を受け取り、目を通した。
「……ペトラ村のセシリア。ギルドの事前調査報告と完全に一致している。借金の額から両親の死亡時期まで、すべて書類の通りだ」
ギルド長が呟くと、牢獄内の空気が少しだけ変化した。
完全な敵意から、戸惑いの混じったものへ変わる。
リリアが一歩前へ進み出た。
彼女の手には、微かな光を放つ魔道具が握られている。
「ギルド長。先ほど、彼女が眠っている間に魔法干渉の確認を行いました」
リリアは真剣な表情でギルド長を見る。
「結果はどうだった、リリア」
「魔法の痕跡は一切ありません。洗脳、操り、精神支配、そのどれも受けていません。魔力の流れも、ごく一般的な凡人のものです。昨日あんな動きをした人間の魔力回路ではありません」
リリアの言葉に、周囲の冒険者たちがざわめく。
「じゃあ、昨日のあれは一体何だったんだ?リリア様から魔法石を奪い、中級の獣を切り刻んだあの動きは」
一人の冒険者が疑問を口にする。
リリアは私の顔をじっと見つめ、小さく首を傾げた。
「私もおかしいと思っています。昨日の彼女は、確かに強引で異常な行動をとりました。でも、人を傷つけることはしていません。私から魔法石を奪う時も、簡単に私を殺せたはずなのに、わざわざ火球を空へそらしました。そして、ギルドの脅威であった魔獣を倒しただけです」
リリアは言葉を切って、私の目を見る。
「魔法による操作ではない。でも、彼女自身の証言と過去の記録、そしてあの異常な戦闘能力……多重人格障害、あるいはそれに類する精神の病かもしれません」
リリアの推測を聞いて、ギルド長は渋い顔をして顎を撫でた。
その時だった。
私の心の中で、突如として別の声が響いた。
それは外から聞こえる声ではない。
私の頭の奥底、精神の深い場所から直接響いてくる声。
(え……?ちょっと待って)
声の主は、混乱している。
(体が重い……頭痛い……熱は下がったのかな……って、ここはどこ?)
薄暗い牢獄、目の前に立つNPCたち、そして自分の手首を拘束する重い鎖。
同時に、耳に飛び込んでくる会話の声。
「多重人格……あの異常な戦闘力も、何か特別な血筋や才能が眠っていたと考えれば……」
(NPCたちが勝手に喋ってる。イベントシーンか?でも、スキップボタンがない)
星乃はイライラして舌打ちをしようとしたが、口が動かない。
その代わり、全く別の、か弱く震える声が響いた。
『違うんです!本当に、私の中にもう一人の誰かがいて……!』
(……は?)
星乃の思考が停止する。
今、声を出したのは誰だ。
私ではない。
でも、確かに「私」の口から声が出た。
『お願いです、リリアさん。信じてください。私、本当に怖くて……』
視界の端に流れる涙の感触。
胸の奥から込み上げる、本物の恐怖と悲しみ。
星乃は混乱した。
自分が操作していたキャラクター、セシリア。
彼女が、自分の意志で泣き、喋り、周囲のNPCと会話している。
(え……?)
星乃は必死に状況を理解しようとする。
現実のフルダイブマシン、ゲームの異常、ログアウト不可。
そして今、自分はこのゲームのキャラクターの「内側」に閉じ込められている。
(どういうこと……!?私が……この女の中にいる!?)
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