49.本当にただの雑役なのか……?
「両者、構えろ」
クライヴの低く通る声が、熱狂する練兵場の空気をピシャリと引き締めた。
銀貨を握りしめ、下品なヤジを飛ばしていた騎士たちも、息を呑んで広場の中央を見つめる。
クライヴは右手を高く挙げ、両者の間を見据えた。
「ルールを説明する。勝利の条件は2つ。十点を先取した方の勝利。そして、相手の急所を突いたとみなされる『致命傷攻撃』を入れた場合の一本勝ちだ」
明確で分かりやすい基準だ。
木剣を使った模擬戦とはいえ、相手の目を潰す、首を斬る、心臓を突くといった決定的な一撃は一発で勝負を決める。
セシリアは左手の木製丸盾を胸の高さに構え、右手の短い木剣を体の後ろに隠すようにして身構えた。
「俺から行くぜ、お嬢様!」
ギルバートが卑しい笑みを浮かべ、二本の短い剣をだらしなく下げたまま、舌なめずりをした。
「始め!」
クライヴの手が振り下ろされる。
同時に、ギルバートが動いた。
中級騎士の基礎速度。
堕落しているとはいえ、その踏み込みは速い。
ギルバートは二刀流の利点を活かし、左右からの連続攻撃でセシリアの防御を崩し、一瞬で勝負を決めようと突進した。
「もらったぜ!」
右手の剣がセシリアの肩を、左手の剣が脇腹を狙う。
セシリアは逃げなかった。
逆に、ギルバートの懐へと一気に距離を詰める。
ガンッ!
鈍い音が響いた。
セシリアの構えた丸盾が、ギルバートの左手の剣を根元から受け止めていた。
距離が近すぎるため、ギルバートは剣に力を乗せきれない。
二刀流の最大の強みである乱撃の空間が、小さな丸盾一つで完全に潰されていた。
「ちっ!ちょこまかと……なら、なぎ払う!」
ギルバートは強引に右手の剣を横に振り、セシリアの首を狙った。
その瞬間。
セシリアは左手の盾を、ギルバートの顔面に向けて急激に突き出した。
「おわっ!?」
視界を塞がれたギルバートは驚き、無意識に右手の攻撃を中断して、両手で盾を払いのけようとした。
腕が上がったことで、彼の下半身は完全に無防備になる。
セシリアは腰を低く沈め、背後に隠していた右手の短い木剣を鋭く横に薙いだ。
パァンッ!
木剣がギルバートの右のすねを正確に叩き据えた。
「な……!?」
ギルバートが間抜けな声を上げ、バランスを崩して後退する。
「セシリア!足一点!致命傷なし、続け!」
クライヴの声が響き渡った。
「!?」
練兵場の隅で腕を組んでいたクロエが、目を丸くした。
騒いでいた騎士たちも、一瞬何が起きたのか分からず静まり返る。
「おい、今……あのお嬢様が、ギルバートの攻撃を止めたぞ?」
「盾で視界を塞いで、下段を斬ったのか。素人の動きじゃないぞ!」
「まぐれだろ!相手は下級の雑役だぜ!?」
騎士たちの間から、困惑のざわめきが広がった。
ギルバートは脛をさすりながら、信じられないという顔でセシリアを睨みつける。
「姉ちゃんよ。お前、本当に雑役なのか……!?」
セシリアは盾を構え直し、静かに答える。
「はい。二ヶ月前、騎士団の試験でクライヴ様に十本取られて、雑役に落とされた……ただの村娘です」
その言葉の裏にある、二ヶ月間の地獄の特訓の成果。
セシリアの動きには、無駄がない。
盾と剣を扱うタイミングが完全に計算されており、ギルバートの二刀流の軌道をことごとく制圧していた。
ギルバートの顔から、卑しい笑みが完全に消えた。
「舐めすぎたか。少しまともに戦おう」
彼は両手の剣を握り直し、腰を落とす。
「正面から盾で受けられるなら、横から叩き割るまでだ!」
ギルバートが姿勢を低くして飛び出した。
今度は真っ直ぐに突っ込まず、セシリアの周囲を半円を描くように回り込む。
中級ランクの身体能力と、双剣士の身軽さが合わさり、その速度は先ほどの比ではない。
(速い……!)
セシリアが盾を動かそうとするが、ギルバートは盾の軌道をずらすように右へ回り込み、左手の剣でセシリアの右腕を叩いた。
「っ!」
「ギルバート!手一点!致命傷なし、続け!」
休む間もなく、今度は反対側から右手の剣が飛んでくる。
セシリアは後退して躱そうとしたが、手首を浅く叩かれた。
「ギルバート!手一点!致命傷なし、続け!」
「ほらほら!どうした村娘!その程度かよ!」
速度と手数の差で、セシリアは完全に防戦一方に追い込まれる。
「ギルバート!手一点!致命傷なし、続け!」
点数が次々と逆転していく。
賭けの金を握った騎士たちから、歓声が上がり始めた。
「よし!そのままやっちまえ!」
「やっぱり中級騎士には勝てねえよ!」
(スピードの差は明らかだ。盾と剣だけでは制限できない。格闘術だ!)
セシリアの脳内に、星乃の鋭い指示が飛ぶ。
『格闘術……!』
セシリアは後退するのをやめ、逆にギルバートの連撃の中へ真っ直ぐに突撃した。
「無駄だ。俺は両手で斬れるんだぜ!」
ギルバートが二本の剣を交差させ、セシリアの肩を狙い撃つ。
その瞬間。
セシリアは両腕を頭の上に上げ、盾で顔と肩を保護しながら、ギルバートの足元に急激に踏み込んだ。
そして、二ヶ月間の過酷な特訓で限界まで引き上げられた筋力を右足に集中させる。
彼女の革靴の裏が、ギルバートの右足の指先を全力で踏み潰した。
「ううおおおおおおおおおおお!?!?」
骨が軋むほどの激痛に、ギルバートが絶叫を上げる。
「な!?」
クライヴが驚きの声を漏らしながらも、即座に判定を下す。
「セシリア!足一点!致命傷なし、続け!」
想定外の足踏み攻撃に、ギルバートの体の動きが一瞬完全に止まった。
痛みに顔を歪め、防御の姿勢が崩れる。
「そこだ!」
セシリアはそのまま全身の体重を乗せ、左手の丸盾でギルバートの胸を力いっぱいにぶち当てた。
「ぐあっ!」
ギルバートは後方に仰け反りながらも、二本の剣を交差させてギリギリでバッシュを防ぐ。
だが、セシリアの攻撃はそこで終わらない。
盾の裏側に隠していた右手の木剣を、ギルバートの胸の中心へ向けて鋭く突き出した。
もしこれが当たれば、心臓への「致命傷攻撃」と判定され、一本勝ちになる。
「冗談じゃねえ!」
ギルバートは恐怖で顔を引きつらせ、不格好に体を曲げてギリギリで木剣の刺突を躱した。
だが、その無理な回避行動と盾の圧力に耐えきれず、彼は完全にバランスを崩し、石畳の上へ仰向けに転がり落ちた。
ドシャンッ!という派手な音が鳴る。
「セシリア!体一点!致命傷なし、続け!」
クライヴの宣告が、再び広場に響き渡る。
転がったギルバートを見下ろすセシリアの姿勢には、寸分の隙もなかった。
「……盾、剣、それに格闘術だと……?」
練兵場の隅で見ていたクロエが、信じられないというように呟く。
「武器マスターのクラス……本当だったというのか……!?」
周囲の騎士たちからも、先ほどまでの嘲笑は消え失せていた。
「おい、嘘だろ……あのギルバートが、押されてるぞ」
「魔法を使わずに、体術と武器の扱いだけで中級騎士と渡り合ってる」
「あのお嬢様、本当にただの雑役なのか……?」
練兵場の空気が、驚愕と畏怖の色に染まり始めていた。




