47.武器マスターの極意!
(私の特訓、覚えているわね)
星乃の低く鋭い声が、セシリアの脳髄に直接響いた。
『覚えています!』
セシリアは心の中で強く返事をした。
彼女の記憶に焼き付いているのは、ここ一ヶ月間、夜な夜な繰り返された限界破壊の特訓だった。
それはハルトの指導を遥かに超える、正真正銘の地獄だった。
星乃はセシリアの体を乗っ取り、ありとあらゆる武器の扱い方を文字通り体に叩き込んだ。
拳、剣、槍、盾、弩弓。
各武器の使用特徴と攻撃の予兆。
それらがセシリアの脳内に知識として、そして肉体の反射として刻み込まれている。
剣士の攻撃は単なる力ではない。
重視すべきは技の組み立てとスピード。
剣の軌道を読み切るためには、相手の肩と手首の動きから初動を察知する必要がある。
槍士は距離の判断がすべてだ。
間合いを支配し、広い範囲を高い攻撃力で制圧する。
槍の穂先が届く円周内に入らないよう立ち回ることが肝要だ。
盾は防御だけの道具ではない。
近距離においては最強の打撃武器となる。
重量を乗せて相手にぶつけることで体勢を崩し、盾の縁を横にして相手の肉体を叩き切る攻撃に転じることも可能だ。
そして弩弓。
遠距離から放つだけでなく、近接戦闘の最中に敵の注意力を逸らし、視界外からの奇襲として使う。
すべての戦術が、星乃の恐るべき経験則によって最適化されていた。
炎の神の眷属である極級のハルトが純粋な槍士だとすれば、星乃がセシリアに与えたものは、あらゆる武具を使いこなす正真正銘の武器マスターとしての知見だった。
(相手は中級の双剣士よ。ステータスは今のあんたよりも上。どう立ち回る?)
星乃の問いかけに対し、セシリアは目の前で下品に笑うギルバートを観察しながら思考を巡らせる。
『双剣は手数が多く、近距離での連続攻撃が得意な武器です。本当は間合いの長い槍で戦うのが有利ですが、私が槍の有利な距離を突破されて内側に入り込まれると、防ぎきれずに危険になります』
セシリアは自身の魔力と体力を計算する。
『だから、盾を使って一番近い距離で相手の細かい技を封じ込みます。盾の裏から、短い短剣を使って足を狙います』
(良い分析だ)
星乃の声に満足げな響きが混じる。
(だが、いつでもあれを忘れるな。あれは、いざという時の最後の切り札になる)
『はい。既にあれを服で隠しています』
セシリアは純白のブラウスの裾をわずかに握りしめた。
彼女の腰の後ろ、服の布地に隠れる位置に、冷たい金属の感触がある。
「よーし、お嬢様。それじゃあ早速始めようぜ。俺も早く夜の準備に取り掛かりてえからな」
ギルバートが卑しい笑みを浮かべ、二本の短い剣を胸の前で交差させた。
周囲の騎士たちから、期待と悪意の入り混じった歓声が上がる。
誰もが、無謀な小娘が泣き叫んで這いつくばる姿を待っていた。
その下劣な空気が最高潮に達しようとした時。
「待て」
重い鋼の鎧が擦れる音と共に、クライヴが二人の中央へ歩み出た。
彼の実直で冷徹な声が、騒ぎ立てていた騎士たちの声を一瞬で黙らせる。
「クライヴ?なんだよ、邪魔すんなよ」
ギルバートが不満げに舌打ちをする。
クライヴは深くため息をつき、セシリアとギルバートを交互に睨みつけた。
「お前たちが勝手に決闘の条件を取り決めるのは勝手だ。だが、ここは帝国騎士団の神聖な練兵場だぞ。私闘に近いとはいえ、騎士と雑役が立ち合う以上、最低限の公平性は保たれねばならない」
クライヴは腰の剣を鞘に収めたまま、毅然とした態度で宣言した。
「事態がここまで悪化した以上、放置はできん。俺がこの無謀な決闘の審判役を買って出る。反則や、降伏後の追撃は一切認めない。分かったな」
実力主義の中級騎士であるクライヴの言葉には、誰も逆らえないだけの重みがあった。
ギルバートは肩をすくめ、短剣の先を下げた。
「へいへい、分かったよ。審判がいた方が、俺が正々堂々と勝った証明になるからな」
セシリアも深く頭を下げる。
「ありがとうございます、クライヴ様」
これで、少なくとも命まで奪われる危険性は低くなった。
(セシリア。あんた、今すぐ大声でこう叫びなさい)
星乃の指示が、セシリアの意識に叩き込まれた。
その内容を聞き、セシリアの顔がパッと赤くなる。
『そ、そんなこと、とても言えません!』
(いいから早く言いなさい!ここで相手を完全に油断させるのよ!)
星乃の強い声に背中を押され、セシリアは両手を強く握りしめた。
「あ、あの!待ってください!」
セシリアの必死な声が練兵場に響く。
クライヴが挙げた手を止め、怪訝な顔をする。
「どうした。もう降伏するのか」
「ち、違います!」
セシリアは顔を真っ赤にして、ギルバートと周囲の騎士たちをぐるりと見渡した。
大きく息を吸い込む。
「今回、私とギルバートの戦いで……博打をやろうと思います!」
その言葉に、練兵場全体が静まり返った。
セシリアは恥ずかしさで泣きそうになりながらも、星乃に言われた通りの言葉を叫び続ける。
「オッズは、私に賭けた場合が三!ギルバートに賭けた場合が一です!」
その言葉が響き渡った瞬間。
練兵場の騎士たちは一斉に言葉を失い、静まり返った。
「ぶっ!あっははははは!」
ギルバートが再び腹を抱えて大笑いし始めた。
そして次の瞬間、爆発的な歓声とどよめきが沸き起こった。
「おいおい、自分で賭けを提案したぞ!」
「あのお嬢様、本当にイカれちまったのか!下級の雑役が中級の双剣士に勝てるわけないだろ!」
「銀貨50枚、ギルバートに賭けるぜ!」
「俺もだ!こんなボーナスゲーム、乗らない手はない!」
騎士たちが次々と懐から銀貨を取り出し、即席の賭場が出来上がる。
クライヴは頭を抱え、ギルバートは腹を抱えて再び大笑いを始めた。




