46.後悔しても遅いぜ、お嬢様!
「私と戦ってください!もし私が勝ったら、私の雑役の仕事を一ヶ月間、あなたに全部やっていただきます!」
下級の魔力しか持たない、ただの雑役の少女が。
中級ランクの双剣士として入団した正騎士に対し、堂々と決闘を申し込んだ。
その事実を全員の頭が処理するまでに、数秒の時間を要した。
最初に沈黙を破ったのは、挑戦を受けた当人であるギルバートだった。
「……ぶっ!あっはははは!」
ギルバートは腹を抱え、下品な笑い声を上げ始めた。
「おいおい、冗談だろ?ねーちゃん、自分が何言ってるか分かってんのか?」
彼は腰に下げた二本の短い剣をカチャカチャと鳴らしながら、だらしなく歩み寄ってくる。
「俺は腐ってもハルト様の推薦をもらった中級の双剣士だぜ。魔法もまともに使えない下級の雑役が、俺に勝てるわけねえだろ。頭、おかしくなっちまったのか?」
ギルバートの笑い声を合図に、周囲で静観していた騎士たちからも、どっと笑いが起きた。
「おいおい、あのお嬢様、本気で言ってるのかよ!」
「ハルト様にも相手にされなくて、頭がおかしくなったんじゃないか?」
「下級の雑役が正騎士に勝負を挑むなんて、前代未聞だぜ。これは面白い見世物になりそうだ」
毎日の厳しい鍛錬に飽きていた騎士たちにとって、この異常な事態は最高の退屈しのぎだった。
誰一人としてセシリアが勝つとは思っていない。
ただ、身の程知らずの美しい少女が無様に這いつくばる姿を見たいという、悪趣味な興味が練兵場を包み込んでいた。
クライヴが渋い顔をして前に出る。
「やめておけ、お嬢さん。ギルバートは確かに堕落したが、中級の基礎能力と魔力は持っている。お前が勝てる相手ではない」
査定試合でセシリアの執念を直接肌で感じたクライヴだからこその、本気の忠告だった。
だが、セシリアは首を横に振った。
「ありがとうございます、クライヴ様。でも、私は本気です。ここで証明しなければ、私はずっと寄生虫のままですから」
「おいおい、止めるなよクライヴ。本人がやるって言ってんだからよ」
ギルバートがにやにやと卑しい笑みを浮かべ、セシリアの全身を舐め回すように見た。
「いいぜ、ねーちゃん。その挑戦、受けてやるよ」
その言葉に、周囲の騎士たちが「おおう!」と歓声を上げる。
「ただし」
ギルバートは唇を舌で舐め、セシリアのすぐ目の前まで顔を近づけた。
「お前が勝ったら一ヶ月間の雑役を俺がやる。それはいい。だが、俺が勝った場合の条件がねえよな?」
セシリアが息を呑む。
「俺が勝ったら……一ヶ月間、毎晩俺の部屋に来て、たっぷりと夜の世話をしてもらうぜ。あの服を脱がせて、その綺麗な顔を泣かせてやるよ」
その極めて下劣な追加条件に、練兵場の一部から下品な口笛が鳴る。
セシリアの顔から、一気に血の気が引いた。
毎晩、この男の部屋で。
その言葉が意味する暴力と屈辱を理解し、セシリアの細い肩が小刻みに震え始める。
自分が負ければ、雑役という地位すら奪われ、この男の慰み者にされてしまう。
公爵の査定試合の時とは比べ物にならないほどの、生々しい恐怖が足元から這い上がってきた。
(なーにビビってんのよ、セシリア)
意識の奥底から、星乃の酷薄な声が響いた。
(あんなの、ただのゴミよ。毎日毎日、あんたがあたしの地獄の特訓を泣きながらこなしてきたの、忘れたわけ?)
『で、でも……相手は、中級の双剣士で……』
(だから何よ。私の戦闘特訓をなめんなよ!あんな堕落したデブに負けるわけないじゃない)
星乃の声には、絶対的な確信が満ちていた。
(あの程度の雑魚、あんた自身で叩き潰しなさい。ここで引き下がったら、一生寄生虫のままだよ)
(それに、もう怖がる必要もない。今では、私の身体操作時間も、一時間くらいまで延びているから)
星乃の言葉が、セシリアの震える心に火をつけた。
そうだ。
毎晩、筋肉が千切れ、骨が軋むほどの痛みに耐えてきた。
何度も意識を失いかけながら、這い上がってきたのだ。
ここで逃げれば、あの地獄の日々を否定することになる。
セシリアは強く唇を噛み締め、顔を上げた。
「……分かりました。その条件、受けます」
セシリアの毅然とした声が響く。
「おおっ!言ったな!」
「後悔しても遅いぜ、お嬢様!」
騎士たちがさらに大きな歓声を上げ、練兵場の中央に広いスペースを作り始めた。
「はっは!言ったな!これで毎晩、楽しい思いができそうだぜ!」
ギルバートは上機嫌で二本の木剣を受け取り、軽く振り回す。




