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45.私と戦ってください!

またの1ヶ月後。


帝国騎士団戦闘部、巨大な練兵場で。


剣が交わる金属音や怒号が飛び交う中、一人の少女が足を踏み入れた途端、その周辺だけ空気がピタリと静まり返った。


セシリアだった。


リリアに選んでもらった淡い青のスカートと純白のブラウスに身を包み、桜色の長髪を上品にまとめたその姿は、むさ苦しい男たちばかりの練兵場において異彩を放っていた。


彼女が歩みを進めるたび、周囲の騎士や兵士たちが手を止め、ひそひそと声を交わし始める。


「おい、見ろよ。あのお嬢様、すごい綺麗だぞ」


「王都の貴族の令嬢か?なんでこんな泥臭い練兵場に……」


「誰かの彼女か婚約者なんじゃないか?あんな美人、俺も一度でいいからお近づきになりたいぜ」


「きっと上位の騎士の特別なゲストだよ。声なんてかけたら斬られちまう」


そんな声が背後で囁かれていることも知らず、セシリアは緊張で胸を高鳴らせながら、大柄な騎士たちの間を縫って歩いていた。


目的の人物を探すためだ。


やがて、セシリアは重厚な鋼の鎧を着た中級騎士の背中を見つけた。


公爵の査定試合で自分を叩きのめした相手、クライヴ・オルソンだ。


「あの、クライヴ様」


セシリアが控えめに声をかけると、クライヴが振り返った。


その顔は一瞬だけ緩み、驚きを見せた。


「お嬢さん、俺に何か御用……って!」


クライヴは目を見開いた後、急に顔をしかめた。


「お前は、あの日の村娘!?こんな格好をして、何しに来たんだ!」


クライヴの大きな声に、周囲の騎士たちが一斉にセシリアへと視線を向けた。


「ハルト様にお願いしても無駄だぞ!公爵閣下の決定は絶対だ。それに、ハルト様は今、城の会議に出ていてここにはいない!」


クライヴの言葉を聞いた周囲の騎士たちは、彼女が何者かを瞬時に悟った。


数日前にハルトの推薦でやってきて、査定試合で無様に負けた下級ランクの村娘。


その事実と、目の前の洗練された美貌が結びつき、練兵場の空気は一気に悪意のあるものへと変わった。


「なんだ、あいつがあの厚かましいコネ女かよ」


「あの顔とスタイルを見てみろ。ハルト様をどうやって丸め込んだか、なんとなく想像がつくぜ」


「夜のベッドで極級の腕前を披露したってわけか。ハルト様も随分とお盛んだな」


「綺麗な顔して、中身は随分と汚い寄生虫なんだな。あんな服も、ハルト様に貢がせた金で買ったんだろう」


侮蔑と嫉妬が混じった色噂が、次々とセシリアの耳に届く。


セシリアの顔が羞恥と悔しさで真っ赤に染まった。


両手を胸の前で強く握りしめ、震える声で叫ぶ。


「違います!私は、ハルト様を探しに来たのではありません!」


クライヴが怪訝な顔をする。


「では、何をしに来たんだ」


セシリアは深呼吸をし、意を決して答えた。


「ハルト様の推薦状で騎士団に入った人の中で……一番弱いやつを探しに来たんです」


その予想外の言葉に、クライヴは思わず目を丸くした。


(いいわよ、セシリア。そのまま喧嘩を売ってやりなさい)


意識の奥で星乃が楽しげに笑っている。


クライヴは少し考え込んだ後、練兵場のずっと隅の方を指差した。


「……あそこにいる男が見えるか」


指の先には、防具もまともに着けず、二本の短い剣をだらしなく腰に下げて欠伸をしている青年の姿があった。


「ハルト様の推薦状で入ってきた四番目の男だ。名はギルバート。双剣士のクラスを持っている」


クライヴは呆れたようにため息をついた。


「あいつは最初はなかなかの腕を持っていたんだ。ハルト様にもそこを称賛されて入団したらしい。だが、騎士団の安定した給金と地位を手に入れた途端、街の女に溺れ、酒に溺れ……だんだんと今の無気力な有様に成り下がった」


(なるほどね。腕が良くて称賛されたけれど、騎士団に入った途端に堕ちたってわけね)


星乃の声が冷酷な響きを帯びる。


(セシリア。あの人にしなさい。あんなゴミ、今のあんたなら十分に勝算があるわ!)


星乃の指示に背を押されるように、セシリアはギルバートの方へと歩み出した。


周囲の騎士たちが面白半分で道を開ける。


ギルバートは近づいてくる美少女の姿に気づき、下品な笑みを浮かべた。


「おっ、ねーちゃん。俺に何か用……」


その言葉が終わる前に、セシリアは立ち止まり、練兵場全体に響き渡るほどの大声で叫んだ。


「私は、ハルト様から極級の武器マスターの推薦状を貰った、セシリアです!」


その澄んだ声に、全ての訓練の音が止まった。


「私は騎士団の試験で負け、今は雑役をやっていますが……今日、正式にあなたに挑戦します!」


ギルバートの間の抜けた顔を真っ直ぐに指差す。


「私と戦ってください!もし私が勝ったら……私の雑役の仕事を一ヶ月間、あなたに全部やっていただきます!」


静まり返っていた練兵場に、一瞬の空白が落ちた。


下級の魔力しか持たない雑役の少女が、推薦枠で入団した中級相当の双剣士に対して堂々と決闘を申し込んだのだ。


その無謀すぎる挑戦宣言は、練兵場にいる全ての人間の度肝を抜いた。

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