44.邪神様!私、もっと強くなりたいです!
「セシリア!こっちの武器の手入れも頼めるか?君が磨くと、不思議と剣の刃こぼれが減るんだ!」
「おう、セシリアちゃん!こっちの馬房の藁の交換も手伝ってくれないか。君がいると馬たちが大人しくて助かるんだよ」
「はい、今すぐ行きます!」
セシリアは額の汗を拭いながら、笑顔で駆け回っていた。
王都での生活が始まり、過酷な夜の特訓を一ヶ月乗り越えた結果、彼女の仕事効率は格段に上がっていた。
以前は両手で必死に運んでいた重い武具の束も、今では呼吸を乱すことなく持ち運べる。
夜の地獄のような破壊と再生の繰り返しにより、純粋な筋力と魔力量が飛躍的に向上していたからだ。
それに加え、リリアに見立ててもらった清楚な服を丁寧に手入れして着こなし、彼女の絶世の美貌が際立っている。
同僚の先輩雑役たちも、純粋に彼女の働きぶりと明るい態度を高く評価し、彼女をとても重宝していた。
「本当に、下級ランクの村娘とは思えない手際だな。あのランバート公爵の目は節穴じゃないか?」
先輩の雑役係が感心したように言う。
「いいえ、私なんてまだまだです。皆さんに教えていただいて、ようやく仕事のやり方が分かってきたところですから」
セシリアは謙遜して頭を下げる。
充実感があった。
毎日限界まで働き、夜は星乃の恐ろしい特訓に耐える。
その成果が、少しずつ形になっていることを実感できる。
ハルトやリリアの指導もあり、魔力の制御も以前よりずっと精密になっていた。
(ふん。まあ、ただの荷運びくらいなら、今のあんたの肉体なら余裕でしょうね。ステータスだけは無駄に上がっているんだから)
意識の奥で、星乃が退屈そうに呟いた。
『邪神様のおかげです。……とても、痛かったですけれど』
セシリアは心の中で苦笑いする。
その日の午後。
セシリアが修練場の隅で、泥に塗れた訓練用の盾を布で拭き上げていた時のことだった。
「ちょっと。あなたが、セシリアね」
不意に、冷たく、そして明確な敵意を含んだ声が降ってきた。
セシリアが顔を上げると、そこには見知らぬ中級騎士の女性が立っていた。
銀色の短髪を凛々しく揃え、整った顔立ちをしている。
だが、その瞳は怒りと軽蔑に満ち、セシリアを真っ直ぐに睨みつけていた。
中級ランクを示す青いマントを羽織り、腰には上質な長剣を帯びている。
彼女の名前はクロエ・アシュフォード。
中級ランクの剣士だ。
「はい。私がセシリアですが……どちら様でしょうか」
セシリアは布を置き、礼儀正しく立ち上がった。
クロエは鼻で笑い、腕を組んだ。
「私が誰かなんてどうでもいいわ。それよりも、あなた、本当に厚かましいわね」
「え……?」
突然の刺々しい言葉に、セシリアは目を瞬かせる。
「聞いてるわよ。田舎の村からノコノコ出てきて、あろうことか『極級武器マスター』なんていうふざけた身分をハルト様に申請させたんですってね」
クロエの声が少しずつ大きくなり、周囲で働いていた他の雑役たちも何事かと様子を窺い始めた。
「しかも、結果は惨敗。ランバート公爵閣下の前で無様に負けて、こうして雑役をやっている。ハルト様の顔に泥を塗り、帝国騎士団の尊厳を損なわせたのは、あなたのことだよね!」
「どうせ、自分のその顔と体を使ってハルト様を誑かしたんでしょう。ハルト様は優しすぎるから、あなたみたいな狡猾な女に騙されやすいのよ!」
「ち、違います!私はそんなこと……!」
セシリアは慌てて否定しようとしたが、クロエの勢いは止まらなかった。
「言い訳なんて聞きたくないわ!私には全部お見通しなんだから!」
「私も、ハルト様の推薦状をもらってこの騎士団に入れた一人目だから、あなたたちのように、ハルト様の優しさを利用した人には絶対に許せないの!」
その言葉に、セシリアはハッと息を呑んだ。
「待ってください!……私たちって、なに?」
セシリアの問いに、クロエは苛立たしげに腰の長剣の柄を叩いた。
「私は、自分の剣の才能と努力をハルト様に認められて推薦状を貰ったわ。実力でこの中級の地位を勝ち取ったのよ」
「でも、最近はどう?ハルト様が特別枠の推薦を始めてから、推薦された六人の中、四人もあなたたちのような、大した実力もないくせにハルト様の優しさを利用し、コネで入団しようとする輩ばかり!」
クロエはギリッと奥歯を噛み締めた。
「貴族の放蕩息子。商人の愛人。そしてあなたみたいな、何の実績もない下級ランクの村娘!みんな、ハルト様の名前を利用して安全な地位と甘い汁を吸おうとする寄生虫よ!」
クロエの言葉に、セシリアは言葉を失った。
ランバート公爵がハルトの申請書を見て激怒していた理由が、今ようやくはっきりと理解できた。
自分以外にも、ハルトの推薦で特例入団を試みた者が六人もいたという事実を、今初めて知ったのだ。
(くくっ、あっははは!)
セシリアの意識の奥底で、星乃が耐えきれないとばかりに笑い声を上げた。
(傑作ね!あの勇者様、手当たり次第に可哀想な奴を推薦して、騎士団に送り込んでいたってわけね!誰にでもいい顔をするテンプレの勇者ムーブが、完全に裏目に出ているじゃない!)
星乃の悪意に満ちた嘲笑が、セシリアの頭の中に響き渡る。
ハルトは純粋な善意から、自分を極級枠で推薦してくれた。
だが、その制度はすでに、私利私欲のために権力者たちが群がる腐敗した抜け道になっていたのだ。
そしてクロエの目から見れば、セシリアもまた、その腐敗したコネ入団を企てた寄生虫の一人に過ぎない。
(あーあ。面倒なことになっているわね)
星乃が意識の奥で呆れたように言う。
(正義感に燃える一番弟子が、ふがいない後輩たちに腹を立てて八つ当たりしに来たってわけね。あの勇者も、変なところで制度を乱用しているから恨みを買うのよ)
『邪神様、どうしましょう……。誤解を解かないと』
セシリアは焦りながら考える。
自分は決して、ハルトを騙したわけではない。
「あなたみたいな寄生虫がいるから、ハルト様が公爵閣下から冷ややかな目で見られるのよ!本当にハルト様を思うなら、今すぐここから出て行きなさい!」
クロエが強く言い放つ。
セシリアは両手を胸の前で強く握りしめ、クロエの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「クロエ様。あなたが私を疑うお気持ちは分かります」
セシリアの声は震えていなかった。
「確かに私は、極級の力なんてありません。公爵閣下の前で負けて、こうして雑役をやっています。でも……私は決して、ハルト様を騙したり、騎士団の特権を利用しようとしたわけではありません!」
「口では何とでも言えるわ」
クロエは冷たく言い捨てる。
「いいえ、口だけではありません」
セシリアは手元にあった盾を置き、クロエに向かって深く頭を下げた。
「私はここで雑役として働きながら、必ず自分の力で這い上がります。ハルト様の推薦が間違いではなかったと、実力で証明してみせます」
その真っ直ぐな言葉に、クロエは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……口で言うだけなら簡単よ」
クロエは冷たく背を向けた。
「その言葉が真実かどうか、あなたの今後の行動で見定めてやるわ。期待はしていないけれどね」
足音が、倉庫から遠ざかっていく。
セシリアは小さく息を吐き出し、胸を押さえた。
『邪神様……。私、もっと強くなりたいです!』
(いいでしょう。ならば、面白いことでもしようか)
『え?なにをですか?』
(もちろん、寄生虫と呼ばれる虫たちを、みんなボコボコにするんだよ!下剋上だ、そのための特訓、してやるわ)
『はーい!?』




