42.このお嬢様が……セシリア!?
消毒薬と清潔なリネンの香りが、セシリアの意識をゆっくりと浮上させた。
重い瞼を開けると、白い天井が視界に入る。
「気がつきましたか、セシリア」
横から温かい声がかけられ、セシリアはゆっくりと首を巡らせた。
ベッドの傍らには、聖騎士イリスが立っている。
その横には、腕を組んで俯くハルトと、杖を握りしめたリリアの姿があった。
ここは帝国騎士団本部の医務室だ。
セシリアは体を起こそうとし、無意識に痛みを予期して身構えた。
だが、額にも胴体にも、一切の痛みはない。
「私の治癒魔法で傷はすべて塞ぎました。少し体力が落ちているかもしれませんが、すぐに元通り動けるようになりますよ」
イリスが優しく微笑む。
「ありがとうございます、イリス様」
セシリアは深く頭を下げた。
ハルトが一歩前に進み出たが、その表情は暗く沈んでいた。
「……すまない、セシリア」
ハルトは赤い髪を掻き乱し、苦渋に満ちた声で口を開いた。
「オレの力が足りないばかりに……君を、雑役に落としてしまった」
ハルトはセシリアに説明するように、ゆっくりと言葉を続けた。
「帝国騎士団っていうのは、総務部、戦闘部、魔導支援部、医療部、教育部、それから庶務部に分かれているんだ」
「総務部は人事や情報、補給、装備なんかの管理。戦闘部はオレたちみたいな騎士。魔導支援部は支援魔法や結界、通信を担当していて、医療部は怪我人の治療や回復を行う。教育部は訓練や新人の育成を担当している」
「そして、庶務部は騎士団全体の雑役を担当する部署だ。武器の手入れや荷物運び、施設の清掃、馬の世話みたいな仕事をする。だから……君は、そこに配属された」
ルミナ都市周辺で、極級の魔人を退け、巨大な魔獣をも一撃で屠ったという偉業。
ハルトやリリアはその事実を知っている。
それほどの力を持つ少女が、王都の騎士団で武器の手入れや荷物運び、馬の世話といった下級の力仕事をさせられる。
ハルトにとって、それはセシリアに対するこの上ない侮辱に思えたのだ。
「……雑役、ですか」
セシリアは小さく呟いた。
(ふん。あの公爵の言う通りになったわね)
意識の奥底で、星乃が鼻を鳴らす。
(まあ、身の程知らずの結果としては妥当なところね)
星乃の冷ややかな声に、セシリアは心の中で首を振った。
セシリアは顔を上げ、ハルトを真っ直ぐに見つめた。
「ハルト様、謝らないでください。私、すごく嬉しいんです」
「嬉しい……?」
ハルトが驚いたように顔を上げる。
「はい。私は元々、下級の魔力しか出せないただの村娘です。そんな私が、この王都の騎士団本部に残れるなんて、夢みたいなことです」
セシリアの言葉には、一切の虚勢や諦めはなかった。
「明日から、武器のお手入れでも荷物運びでも、何でも一生懸命やります。雑役をしながら、少しずつ魔法や剣の基礎を学んでいけばいいんですから!」
セシリアの瞳には、諦めではなく、自分の力で歩み出そうとする強い意志の光が宿っていた。
その眩しいほどの前向きさに、ハルトとリリアは言葉を失った。
「セシリア……君という人は、本当に……」
ハルトは深く息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「わかった。君がそう決めたなら、オレも全力を尽くす。雑役の合間に、必ずオレが直接剣の指導をする」
「私も、魔法なら教えられます。一緒に頑張りましょう」
リリアも優しく微笑み、セシリアの手を握った。
「ありがとうございます!」
セシリアは満面の笑みを浮かべた。
「ところで、セシリア」
リリアが少し申し訳なさそうに、セシリアの服を指差した。
「貴女のその服……村からずっと着たままでしょう。雑役として働くにしても、王都での生活には少し不便かもしれないわ」
セシリアが着ているのは、ペトラ村の地味な生地で作られた簡素なワンピースと、ギルドで支給された革の胸当てだ。
丈夫ではあるが、洗練された王都の街並みにはひどく不釣り合いだった。
「私がお詫びも兼ねて、王都の服屋を案内するわ。貴女に似合うものを探しましょう」
リリアの提案に、セシリアは目を瞬かせた。
「えっ、でも私、そんなお金……」
「討伐報酬の金貨があるじゃない。それに、私からのプレゼントもさせてちょうだい」
リリアは強引にセシリアの背中を押し、医務室を後にした。
それから丸一日。
王都の活気ある商業街を、二人は歩き回った。
リリアは真剣な眼差しで布地を選び、セシリアを次々と試着室へ押し込んだ。
「これは派手すぎるわね……こっちは生地が硬すぎる……あ、これなんてどうかしら!」
リリアが選んだのは、王都で流行しているシンプルでありながらシルエットの美しい清楚なデザインの服だった。
純白のブラウスに、動きやすい柔らかな素材の淡い青のスカート。
さらに、リリアはセシリアの桜色の長髪を丁寧に梳かし、上品にまとめた。
鏡の前に立ったセシリアは、信じられないものを見るように自分の姿を見つめた。
そこにいるのは、辺境の貧しい村娘ではなく、洗練された王都の令嬢そのものだった。
「まさか……セシリア、貴女には、こういうところには才能があるかもしれないわね!!」
リリアが感嘆の声を上げる。
素材の良さが、服装と髪型によって完全に引き出されていた。
夕暮れ時。
練兵場の隅で木剣を振るっていたハルトの元へ、リリアに連れられたセシリアが戻ってきた。
「ハルト様、お待たせしました」
控えめな声に、ハルトが振り返る。
「ああ、おかえ……」
ハルトの言葉が途切れた。
夕日を背に受けて立つセシリアの姿。
桜色の髪が風に揺れ、清楚な装いが彼女の抜群のスタイルを上品に包み込んでいる。
「な、な、なんだと!?」
ハルトは手にした木剣を取り落としそうになった。
「このお嬢様が……セシリア!?」
「変、でしょうか……?」
セシリアが顔を赤らめ、少し恥ずかしそうにスカートの裾を掴む。
その可憐な仕草と容姿端麗な姿に、極級の勇者であるハルトでさえ、一瞬完全に思考を停止し、見惚れてしまった。
「いや……その、すごく似合っていると思うぞ」
ハルトは顔を逸らし、赤い髪の奥で耳を赤く染めながら誤魔化すように咳払いをした。
星乃は面白そうに観察している
(ほー、セシリア…あんた、やるんじゃない)




