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41.雑役に落とされました!

静まり返った石畳の上に、血に染まったセシリアが倒れ伏している。


中級騎士クライヴ・オルソンが木剣を下ろし、複雑な表情で自身の右足と少女を見つめていた。


「セシリア!」


ハルトの悲痛な叫びが練兵場に響き渡る。


彼は赤い髪を振り乱し、風を切る速度でセシリアの元へ駆け寄った。


すぐ後ろからイリスも血相を変えて続く。


ハルトは片膝をつき、意識を失ったセシリアの上半身をそっと抱き起した。


額の傷は深く、血が左目を覆い隠している。


「イリス!早く頼む!」


ハルトが怒鳴る。


イリスは頷き、セシリアの傷口に両手をかざした。


「光の神よ、我が祈りを聞き届け、この者に慈悲なる癒しを」


イリスの聖なる魔力が白と金の淡い光となり、セシリアの額を包み込む。


光が浸透すると、パックリと開いていた傷口がみるみるうちに塞がっていく。


肌の赤みも徐々に回復し、セシリアの浅かった呼吸が次第に安定し始めた。


「……よかった。傷は完全に塞がった。脳への影響もなさそうだ」


イリスはほっと息をつき、額の汗を手の甲で拭った。


「ありがとう、イリス」


ハルトは安堵の表情を浮かべ、セシリアの汚れをそっと払う。


極級の魔人を退けたほどの存在が、自分の中に眠る力に頼らず、下級の魔力だけで中級騎士に立ち向かった。


勝ち目がないと分かっていても、己の誇りを証明するために立ち上がったのだ。


「セシリア。君のその意地と誇り、オレは確かに見届けたぞ」


ハルトは小さく呟き、彼女を優しく地面に寝かせた。


「茶番は終わったか」


威圧的な低い声が、ハルトたちの頭上から降ってきた。


見上げると、豪華な軍服を着たランバート公爵が見下ろしていた。


その後ろにはガウェイン騎士団長が静かに立っている。


究極ランクの圧倒的な魔力が、練兵場の空気を重く押し潰す。


クライヴは姿勢を正し、公爵に向けて敬礼した。


「閣下。申し訳ありません。最後の一撃、完全に隙を突かれました」


クライヴは自身の失態を隠すことなく報告する。


公爵は短く頷いた。


「気にするな。お前の手加減が原因だ。あの執念には一見の価値があった」


公爵は腕を組み、冷ややかな視線をセシリアへ向けた。


「倒れてもなお立ち上がる意地。そして、中級騎士の情けに付け込み、最後の一撃を入れた機転。下級ランクにしては、よくやったと言うべきだろう」


その言葉には、一切の感情がこもっていなかった。


公爵はハルトを見据える。


「だが、結果は結果だ。意地や誇りで魔獣は殺せない。あの小娘の戦力は、どこまでいっても下級に過ぎない」


ハルトが立ち上がり、公爵へ向き直った。


「閣下!セシリアは確かに力を示しました!彼女の中に眠る力が目覚めれば……」


「まだ多重人格の幻に縋るか、ハルト」


公爵の怒気が僅かに跳ね上がり、ハルトの言葉を遮った。


「仮にその星乃という人格が存在し、凄まじい力を持っていたとしよう。だが、自身で制御できない力など、戦場では何の意味も持たん。都合よく敵を倒してくれる保証はどこにある?」


理詰めの言葉が、ハルトの反論を塞いでいく。


「帝国騎士団は実力と結果のみを評価する。極級枠での採用は白紙だ」


ハルトは奥歯を強く噛み締めた。


公爵の言い分は、軍の組織として完全に正しい。


自分が見た『星乃』の力を証明する客観的な手段は、今ここにはないのだ。


「……では、彼女は王都を追放されるのですか」


ハルトは苦渋に満ちた声で尋ねた。


公爵は首を横に振った。


「あの意地に免じて、騎士団に身を置くこと自体は許可してやろう」


公爵の視線が、再びセシリアへ落ちる。


「規律に従い、事前の宣言通り、彼女は庶務部の雑役へ回す。荷物の運び、武器の手入れ、馬の世話。ランクに相応しい仕事をさせろ」


「雑役……」


ハルトの拳が小刻みに震える。


炎の神の眷属である勇者の自分が、恩人である少女一人を騎士団の地位へ押し上げることすらできない。


己の政治的な無力さが歯痒かった。


「何か不満か、勇者ハルト」


公爵の究極ランクの魔力が、鋭い刃となってハルトへ向けられる。


「いえ……。寛大なご処置、感謝いたします」


ハルトは深く頭を下げた。


これ以上反発すれば、セシリアは本当に騎士団から追放されてしまう。


まずは雑役からでも、彼女を王都に留まらせ、安全な環境で特訓を続けるしかない。


「ガウェイン。後の処理は任せる」


公爵はそれだけ言い残し、足音を響かせて練兵場から立ち去った。


周囲で見ていた騎士たちも、冷笑を浮かべながらそれぞれの持ち場へ戻っていく。


静かになった石畳の上で、セシリアは意識を失ったまま、静かに寝息を立てていた。

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