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40/44

40.私は、邪神様に選ばれた理由を自分で証明したい!

王都の帝国騎士団本部、巨大な石畳が敷き詰められた練兵場。


周囲を無数の騎士たちが冷ややかな目で見下ろす中、中央には二つの影が対峙していた。


一人は、下級ランクの魔力しか持たない小柄な少女、セシリア。


もう一人は、分厚い鋼の鎧に身を包んだ実力主義の中級騎士、クライヴ・オルソン。


手には訓練用の重い木剣が握られている。


「小娘。ハルト様は色々と弁明していたが、俺は言い訳など聞く耳を持たん。騎士団は結果がすべてだ」


クライヴは低い声で告げ、木剣を腰の高さに構えたまま動かない。


「俺から先手は打たん。最初の十本はお前に譲る。その十本以内で俺を倒せるなら、お前の勝ちと認めよう。だが、十本以上も厚かましく俺の前に立っているのなら、その時は本気で斬りかかる」


その言葉には、圧倒的な実力差に対する絶対の自信が満ちていた。


極級枠を名乗る偽者への苛立ちを隠そうともしない。


セシリアは短く息を吸い込み、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、クライヴ様。よろしくお願いします!」


顔を上げたセシリアは、すぐさま自身の魔力を練り上げようとした。


戦うからには、全力を出さなければならない。


「大地の恵みよ、私の体に……」


セシリアが身体強化魔法の詠唱を口にした、その瞬間。


ガンッ!


鈍い衝撃音が練兵場に響いた。


クライヴは木剣を振り上げるどころか、鞘に収めた真剣の鞘の先で、セシリアの腹部を軽く、しかし正確に突き飛ばしていた。


「きゃっ!?」


セシリアは息を詰まらせ、数歩後ずさる。


練りかけていた魔力が霧散し、詠唱が強制的に中断された。


「これで一本だ。戦場にお前を待ってくれる親切な敵などいない。詠唱の時間など与えられないと思え」


クライヴは冷徹に言い放ち、再び元の位置に戻った。


腹部の痛みを堪えながら、セシリアは木剣を両手で構え直した。


『邪神様……。教えていただいた動き、やってみます』


心の中で呟き、セシリアは脳内に深く刻み込まれた光景を呼び起こす。


暗緑の森で魔獣の攻撃を躱した時の体捌き。


ペトラ村で巨大な毒牙蜘蛛の連撃を最小限の動きで回避した、あの無駄のないステップ。


セシリアは地面を強く蹴り、クライヴの懐へ向かって奇襲を仕掛けた。


ただ真っ直ぐに突っ込むのではなく、星乃がやっていたように姿勢を低くし、相手の視線から外れるような軌道を描く。


(悪くない動きね。でも、圧倒的に速度が足りていないわ)


意識の奥で、星乃が冷静に分析する。


セシリアの木剣が、下からクライヴの脇腹を狙って跳ね上がる。


カキィン!


乾いた音が鳴った。


クライヴは表情一つ変えず、木剣の柄の部分だけでセシリアの全力の突きを弾き落としていた。


「二本。動きの基本は悪くないが、速度も重さも中途半端だ」


弾き返された反動で、セシリアは体勢を大きく崩した。


そこへクライヴの木剣の平が、セシリアの肩を容赦なく叩き据える。


「三本。隙が大きすぎる」


「くっ……!」


セシリアは歯を食いしばり、痛む肩を庇いながら再び距離を詰める。


今度は星乃が魔人の球体を跳ね返した時のように、相手の力を利用するタイミングを狙って打ち込んだ。


しかし、中級ランクの基礎能力は、下級のセシリアとは比較にならない。


クライヴはセシリアの攻撃の軌道を完全に読み切り、力任せに受けるのではなく、軽く払って体勢を崩し続けた。


「四本。五本。六本……」


冷酷なカウントが続く。


セシリアは何度も倒れ、土に塗れながらも木剣を振るい続けたが、クライヴには傷一つ、息の乱れ一つ生じなかった。


剣を合わせるたびに、手首が痺れ、腕の感覚が失われていく。


「……九本。十本。ここまでだ」


クライヴの無慈悲な宣告が落ちる。


セシリアは膝をつき、荒い息を繰り返していた。


「約束通り、ここからは俺から行く」


クライヴは木剣を両手で握り直し、明確な闘気を放った。


「今から、本気で叩く。それでもよいか」


その問いかけは、降伏を促す最後の警告だった。


周囲の騎士たちも、これ以上の戦闘は無意味だと冷ややかな視線を送っている。


ハルトが練兵場の端で拳を握りしめ、今にも飛び出そうとしているのが見えた。


それでも、セシリアはよろけながら立ち上がった。


「はい!お願いします!」


恐怖で声が震えている。


だが、その瞳だけは強い光を放ったまま、決してクライヴから逸れなかった。


(才能はなくても、折れない心を見せる。そう言ったわね、あんた)


星乃は静かに、その戦いを見守る。


「いいだろう。死なない程度に手加減してやる」


クライヴが動いた。


中級騎士の踏み込みは、セシリアの眼には一瞬で距離が消滅したかのように映った。


上段からの強烈な振り下ろし。


セシリアは必死に木剣を横にして防ごうとした。


だが、その重さはこれまでの比ではなかった。


ガァンッ!


セシリアの木剣がへし折れ、その勢いのままクライヴの木剣がセシリアの額を掠めた。


「あっ……!」


鋭い痛みが走り、視界が真っ赤に染まる。


割れた額から流れた血が、セシリアの左目を塞いだ。


追撃の横薙ぎが胴体を捉え、セシリアの体は宙に浮いた。


石畳に激しく打ち付けられ、全身の空気が吐き出される。


痛みを認識する間もなく、セシリアの意識は暗闇へと沈み込んだ。


完全に動かなくなった少女を見下ろし、クライヴは木剣を下ろした。


「勝負ありだ。ハルト様、悪いが彼女は極級の器ではない。治療班を呼んでやってくれ」


クライヴは短く告げ、ハルトに向かって一礼した。


そして、そのまま背を向けて闘技場から立ち去ろうとする。


「……まだです!」


静まり返った練兵場に、かすれた声が響いた。


クライヴが驚いて振り返る。


石畳の上に倒れていたセシリアが、血まみれの顔を上げ、片手で地面を支えていた。


「光よ、癒しを……!」


セシリアは自身の傷口に下級の治癒魔法をかけながら、よろよろと立ち上がる。


折れた木剣の短い柄の部分を、まだしっかりと握りしめていた。


(あんた……本気なの?)


星乃が驚きの声を上げる。


すでに体力の限界は超えているはずだ。


「まだ、戦えます……!」


その異常なまでの執念に、実力主義のクライヴも動揺を隠せなかった。


中級騎士の重い一撃を受け、完全に意識を断たれたはずの小娘が、なぜ立ち上がれるのか。


「お前……」


クライヴが僅かに言葉を失い、構えに迷いが生じた、その一瞬。


セシリアは最後の力を振り絞り、低く、這うような姿勢で前へ飛び出した。


額から流れる血を気にすることもなく、ただ相手の足元だけを視界に捉える。


クライヴが反射的に木剣を振り下ろそうとしたが、先ほどの執念を前に、無意識のうちに攻撃の重さを緩めてしまった。


セシリアはその迷いの隙を突き、折れた木剣をクライヴの右足の脛へ向けて全力で叩き込んだ。


パァンッ!


浅い一撃ではあったが、確かに中級騎士の足に攻撃が入った。


クライヴの動きが完全に止まる。


セシリアは荒い呼吸を繰り返しながら、血に染まった顔で小さく微笑んだ。


「私にも……できました」


その言葉を最後に、セシリアの体の力が完全に抜け落ちる。


今度こそ本当に意識を失い、石畳の上へと崩れ落ちた。


練兵場は深い静寂に包まれていた。


誰一人として、倒れた少女を嘲笑う者はいなかった。


中級騎士クライヴは、自身の足元と倒れた少女を交互に見つめ、ゆっくりと木剣を下げた。

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