39.私は、なぜ邪神様に選ばれたんですか?
帝国騎士団の本部にあたる巨大な城塞都市、王都。
戦闘部の練兵場。
長旅を終え、ようやくたどり着いたセシリアを待っていたのは、歓迎ではなく敵意に満ちた包囲網だった。
「おい、この小娘がハルト様の推薦で特別枠をもらったという田舎娘か?」
「見ろよ、あの貧相な魔力。下級ランクの下位がいいところだぞ。極級の特別枠だと?ふざけるのもいい加減にしろ!」
重厚な鎧に身を包んだ実力主義派の中級騎士たちが、セシリアを取り囲み、厳しい言葉を浴びせかける。
彼らにとって、厳しい鍛錬と実戦を経て階級を上げる帝国騎士団において、勇者のコネを使った特例の入団は最大の侮辱だった。
「わ、私は……その……」
セシリアは怯え、言葉を詰まらせる。
彼女自身、自分が極級の扱いを受けることの異常さを一番よく理解していた。
「やめろ、お前たち!」
ハルトが間に割って入り、赤い槍を手に騎士たちを牽制する。
「彼女の力はオレが保証する。彼女は極級の魔人の全力攻撃を弾き返し、オレの命を救ってくれた恩人だ!」
ハルトの言葉に、騎士たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに嘲笑が漏れた。
「ハルト様、貴方は優しすぎますよ。そんな作り話を誰が信じるんですか」
「この魔力のない小娘が極級の魔人を弾き返す?ギルドの防衛用魔導具でも隠し持っていたんでしょう」
騎士たちの糾弾は止まらない。
セシリアは下唇を強く噛み締め、俯くしかなかった。
「騒がしいな。何事だ」
低く、威圧的な声が練兵場に響き渡った。
その声だけで、周囲の空気が重く沈み込む。
騎士たちが慌てて道を空け、深々と頭を下げる。
そこに現れたのは、豪華な軍服を着たランバート・バウマン公爵だった。
その後ろにはガウェイン騎士団長が静かに控えている。
究極ランクの魔力が、目に見えるほどの圧力となってセシリアにのしかかる。
「閣下!」
ハルトが直立し、公爵に向かって敬礼する。
「彼女が、オレが推薦したセシリアです。どうか、彼女の力を認めていただきたい!」
ハルトは力強く進言するが、ランバート公爵の目はセシリアを一瞥しただけで、すぐに冷たく細められた。
公爵はガウェインから受け取った推薦状の羊皮紙を手に取ると、ハルトの目の前で音を立ててビリビリと破り捨てた。
「かっ、閣下……!」
「極級魔人を撃退した英雄だろう?推薦などという小細工はいらん」
破れた羊皮紙が、セシリアの足元に散らばる。
ランバート公爵は、冷酷な目でセシリアを見下ろした。
「我が帝国騎士団は、実力のみを評価する。極級の魔人を退けたというのなら、中級騎士の一人と戦わせても問題はないはずだ」
「お待ちください!」
ハルトが声を荒げる。
「セシリアは……多重人格の障害を抱えているのです!彼女の中に眠る『星乃』という人格は極級すら超える凄まじい力を持ちますが、その人格が表に出てこないと、彼女自身の魔力は下級ランクしか出せません!」
ハルトは苦渋の表情で事実を説明する。
星乃の力を自由に出し入れできないセシリアが、中級騎士と真正面から戦えば、怪我では済まない可能性がある。
だが、その説明はランバート公爵をさらに呆れさせるだけだった。
「多重人格だと?」
公爵は鼻で笑った。
「自分が都合よく戦いたい時だけ力が出る、そういう言い訳か。ハルト、勇者であるお前がそんなたわごとに騙されているとは失望したぞ」
「言い訳ではありません!事実です!」
「そんなことは知らん!」
公爵の怒声が、ハルトの言葉を完全に遮った。
「実力を証明できなければ、特別枠は取り消しだ。剣も握れないというのなら、雑役から始めさせてもらう。それが嫌なら、今すぐこの王都から立ち去れ」
ランバート公爵は踵を返し、一時間後に練兵場の中央で査定試合を行うと宣告して去っていった。
「そんな……!」
ハルトは愕然とし、セシリアは足元に散らばった推薦状の紙片を見つめたまま、立ち尽くした。
試合まで残り三十分。
控え室の固い木の椅子に座り、セシリアは静かに膝の上の両手を握りしめていた。
(ねえ、セシリア)
意識の奥底で、星乃の声が響く。
(聞いていたわよ。あの偉そうな公爵と、周りのゴミども。本当に腹が立つ連中ね)
星乃の声には、明確な怒りと好戦的な熱がこもっていた。
(あんた、体を貸しなさい。私が出て、あの中級騎士とやらをボコボコにしてやるわ。ついでにあの公爵の鼻っ柱もへし折って、誰が一番強いのか分からせてあげる)
星乃からの、力の貸与の提案。
それを受け入れれば、恐ろしい力で、中級騎士など一瞬で叩き伏せることができるだろう。
誰もセシリアを侮らなくなる。
しかし。
『……いいえ。結構です』
セシリアの返答は、予想外に静かで、確固たるものだった。
(はあ?あんた、バカなの?)
星乃が苛立ちの声を上げる。
(下級ランクのあんたが中級騎士と戦ったら、骨を折られるくらいじゃ済まないわよ。便所掃除の雑役になりたいの?)
『邪神様』
セシリアは俯いたまま、ゆっくりと心の中で問いかけた。
『勇者様は……なぜ、炎の神に選ばれたんだと思いますか?』
星乃は一瞬、答えに詰まった。
(もともと才能があったか、心が強かったからじゃない?)
星乃はゲームの設定を思い出しながら適当に答える。
ゲームの主人公や勇者というものは、大抵が隠された才能を持っているか、どんな苦難にも負けない強い意志を持っていると設定されているものだ。
『ならば、邪神様』
セシリアはゆっくりと顔を上げた。
『私は、なぜ邪神様に選ばれたんですか?』
その真っ直ぐな問いに、星乃は沈黙した。
(それは……)
理由など説明できるはずがない。
現実世界でゲーム配信中に倒れ、気づいたらこの村娘の心に閉じ込められていただけの、完全な偶然だ。
だが、それを正直に「ただのバグか偶然よ」と言い捨てる気にはなれなかった。
最近のセシリアの真っ直ぐな姿勢を見ていて、少しだけ認識が変わりつつあったからだ。
『どうやら、邪神様も分からないようですね』
セシリアは小さく笑った。
セシリアは立ち上がり、控え室の壁に立てかけられていた支給品の鉄の剣を手にした。
『でも私は、この理由を作りたいんです!』
(な……)
星乃は、セシリアの心から発せられる強い光に言葉を失った。
『私には、勇者様やあの騎士たちのような才能はありません。下級の魔力しか出せない、ただの村娘です』
剣を握るセシリアの手は震えている。
相手は魔法と剣技を鍛え上げた中級騎士。
恐怖がないわけがない。
『でも、昨日……邪神様が私を助けてくれました。その力に頼りっぱなしで、ただ後ろに隠れているだけの人間にはなりたくないんです』
セシリアは剣の柄を強く握り締め、震えをねじ伏せた。
『才能はなくても、折れないこの心を見せて、私は邪神様に選ばれた理由を自分で証明したい!』
セシリアの瞳には、かつての弱々しさは消えていた。
『だから……今度の戦い、私で行きます!』
(……あんたねえ)
星乃は深い溜息をついた。
身の程知らずの無謀な選択だ。
負ければすべてを失う。
だが、その無謀さは、星乃にとってどうしようもなく眩しく映った。




