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38.七人目の村娘!

ペトラ村の広場は、狂気に満ちた熱狂と血の匂いが混ざり合う異様な空間と化していた。


地面に転がる山賊たちの死体と、三メートルを超える毒牙蜘蛛の骸。


その中心で、村人たちがセシリアの足元に平伏し、口々に崇拝の言葉を叫び続けている。


セシリアは両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。


「ハ、ハルト様!お願いです、今すぐこの村を出発しましょう!」


セシリアは震える声で懇願した。


「五日後とおっしゃっていましたが、私、もう一刻も早く王都へ行きたいんです。騎士団で、もっと立派な冒険者になるための訓練を始めたいです!」


村人たちの異様な視線が絶えられない!このままここにいれば、心が完全に壊れてしまう。


ハルトは赤い髪を掻き上げ、感心した表情でセシリアを見下ろした。


「……なるほど。これだけの偉業を成し遂げながら、村人たちの称賛に甘んじることなく、すぐに次の鍛錬を求めるのか」


ハルトは深く頷いた。


「君のその謙虚さと向上心、本当に素晴らしい。炎の神の眷属であるオレも見習わなければならないな」


『ち、違います!ただ逃げたいだけです!』


セシリアは心の中で叫んだが、言葉にはならなかった。


イリスも優しく微笑み、セシリアの肩に手を置いた。


「立派な志ですね、セシリア。光の神も、きっとあなたの歩みを祝福してくださるでしょう。私も賛成です。王都へ向かいながら、魔法の基礎を少しずつ教えていきますよ」


ハルトがリリアの方を振り向く。


「リリア、ギルドの事務手続きはルミナ都市へ戻らずとも、王都で処理できるか?」


リリアは杖を持ち直し、静かに頷いた。


「はい。特別申請の件はすでに手配を進めています。王都の本部で本登録を行えば問題ありません。それと、セシリア」


リリアは腰の小さな袋を開け、セシリアの手に冷たい金属を押し付けた。


「これは、今回の毒牙蜘蛛討伐に対する冒険者ギルドからの特別報酬です。中級上位の魔獣を単独で退けた功績は大きいわ。金貨三枚、受け取ってちょうだい」


手のひらで輝く三枚の金貨。


昨日、村人たちが醜く争って奪い合ったものと同じ黄金だ。


セシリアの指先が小さく震えた。


「あ、ありがとうございます……」


「勇者様!どうか、私たちをお見捨てにならないでください!」


トマスが地面に這いつくばり、セシリアの靴にすがりつこうとする。


ハルトが間に割って入り、村人たちを優しく制した。


「彼女は、さらなる高みを目指して王都へ旅立つんだ。君たちも、彼女の素晴らしい行いに恥じないよう、村を復興させてくれ」


ハルトの堂々とした言葉に、村人たちは涙を流して頷いた。


「おお……立派になられて……」


「セシリア様、どうかお気をつけて!村は私たちが守ります!」


マーサや他の村人たちが、涙で顔をくしゃくしゃにしながら手を振る。


彼らの瞳には、裏切りの罪悪感など微塵もない。


圧倒的な力を見せつけたセシリアを、村から輩出された伝説の英雄として心から崇拝している。


セシリアは顔を引きつらせ、逃げるようにハルトたちの背中を追って街道を歩き出した。


(おーほーほーほー!)


意識の奥底で、星乃の笑い声が響く。


(良い景色ね、セシリア。あんたを裏切り、見捨てようとしたゴミどもが、今やあんたを神の使いと信じて涙を流しているわ)


星乃の声には、底意地の悪い歓喜が満ちていた。


(力こそが全てよ。私が山賊の頭の頭を撃ち抜いたことすら、彼らは『浄化』という都合のいい言葉で片付けた。これが世界なのよ)


『邪神様……もう、やめてください』


セシリアは心の中で耳を塞いだ。


自分はただ、村人たちを助けたかっただけだ。


だが結果として、星乃の圧倒的な暴力は村人たちの精神を歪め、異常な狂信を生み出してしまった。


星乃の言う通り、力の無い者は踏みにじられ、力を持つ者はどんな罪すらも称賛に変わる。


その絶対的な真理に直面し、セシリアは足元の土を見つめながら、暗い恐怖に身を震わせるしかなかった。


場面は変わり、ルミナ都市から遠く離れた巨大な城塞都市。


王都。


その中心にそびえ立つ帝国騎士団本部の執務室では、重苦しい空気が漂っていた。


豪華な軍服に身を包み、威圧的な魔力を放つ中年男性が、机に置かれた羊皮紙の束を苛立たしげに叩いた。


帝国騎士団の上位幹部であり、究極ランクの力を持つランバート・バウマン公爵だ。


「……今回は、ハルトの連れてきた何人目だ」


ランバート公爵の声は、地を這うように低かった。


執務机の前に直立する青年、同じく究極ランクのガウェイン・オズボーン騎士団長が、表情を変えずに答える。


「七人目です、閣下」


「七人目!」


公爵は羊皮紙を手に取り、乱暴に放り投げた。


「神の眷属である勇者とはいえ、もう十分な自由を与えてやったはずだ。我が帝国騎士団を、何だと思っている」


ランバート公爵の怒気を含んだ声が、広い執務室に響く。


「特に最近は、どいつもこいつも『自分が勇者だから』と権利を振りかざして根回ししやがって。推薦だの特別枠だのと、騎士団にはもう使えない人間が一杯詰まっているぞ!」


公爵の言う通り、この世界にはハルト以外にも複数の勇者が存在している。


神の加護を受けた彼らは、国の中枢においても特権的な扱いを受けており、それに乗じて実力不足の者をコネで入団させる事例が後を絶たなかった。


「閣下のお怒りはごもっともです」


ガウェイン騎士団長は静かに頷き、床に落ちた羊皮紙を拾い上げた。


「ただ、手紙の報告によりますと……その推薦された少女は、ルミナ都市周辺で極級の魔人を撃退した実績があるとのことです」


ガウェインの言葉に、ランバート公爵は冷たく鼻を鳴らした。


「極級の魔人を撃退、だと?下級の魔力しか持たない田舎娘が?」


公爵は椅子に深く腰掛け、鋭い視線をガウェインへ向けた。


「勇者ハルトの手助けがあったか、あるいはギルドの魔導具でも使ったのだろう。単独で極級を退けるなど、物理的にあり得ない話だ」


「ハルトによれば、特異な権能と極めて高い身体操作技術を持っていると」


「ならば、なぜ正式な入団試験を受けさせない」


ランバート公爵は机を強く叩いた。


「本当にそれほどの腕があるのなら、推薦書などいらんだろうが!書類一枚で極級の地位と待遇を要求するなど、騎士団の規律を舐めているとしか思えん」


公爵は立ち上がり、窓の外に広がる王都の街並みを見下ろした。


帝国騎士団は、魔獣や他国の脅威から国家を守る防波堤だ。


実力のない者が上に立てば、多くの兵士が犬死にする。


「ガウェイン。ハルトがその小娘を連れて到着したら、入団の儀儀など不要だ。ただちに実戦形式の査定を行え」


公爵の声には、一切の妥協がなかった。


「私の前で、正々堂々とその力を証明してもらおう。もし証明できない場合は、特別枠は即座に取り消す。雑役として扱うがいい」


「……はい、閣下。承知いたしました」


ガウェイン騎士団長は深く一礼し、執務室を後にした。

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