37.おーほーほーほー!傑作ね!
ルミナ都市から辺境のペトラ村へと続く街道を、三つの影が凄まじい速度で駆け抜けていた。
「急ぐぞ!村の周辺で大規模な火災の跡が確認された。山賊の群れが現れたらしい!」
先頭を走る勇者ハルトが、焦燥感を滲ませた声を上げる。
「はいっ!セシリアが心配です。彼女はまだ下級の魔力しか扱えませんから……!」
リリアが杖を握り締めながら後に続く。
その横では、聖騎士イリスも長剣の柄に手を当て、真剣な表情で頷いた。
「極級武器マスターとしての才能があるとはいえ、彼女の肉体はまだ育ち切っていません。多勢に無勢、最悪の事態もありえます」
昨日、ルミナ都市のギルドに「ペトラ村が山賊に包囲されている」という情報が届いた。
しかも、遠目から火の手が上がっているのも確認されたのだ。
ハルトたちは知らせを聞くや否や、神速の移動魔法を駆使して村へと急行していた。
セシリアの中に眠る『星乃』という絶大な力の存在を、ハルトとリリアは知っている。
だが、その力はセシリアの意思や肉体の限界に左右される不安定なものだ。
もし、星乃の力に頼る前にセシリア自身が致命傷を負ってしまえば、それまでである。
「くそっ、間に合ってくれ……!」
ハルトは赤い髪を風に靡かせ、さらに速度を上げた。
やがて、木々の隙間からペトラ村の入り口が見えてきた。
「着いた!村の入り口だ!」
ハルトが街道を飛び出し、広場へと躍り出る。
だが、そこで彼らが目にしたのは、予想していた「山賊に蹂躙される悲惨な村」の光景ではなかった。
「……これは、一体どういう状況だ?」
ハルトが足を止め、目を丸くする。
リリアとイリスも、その後ろで息を呑んで立ち尽くした。
村の広場の中央に、三メートルを超える巨大な魔獣が横たわっていた。
黒と紫のまだら模様を持つ、中級上位の凶悪な魔獣『毒牙蜘蛛』だ。
その巨体は完全に沈黙しており、首の関節部分には小さな穴が一つ開いているだけで、激しい戦闘の痕跡はどこにもない。
周囲の木々や地面も、ほとんど無傷のままだ。
そして、その蜘蛛の周囲には、何十人もの山賊たちの死体が転がっていた。
だが、その死に方が異常だった。
山賊たちはみな、武器を持たず、地面に両手をつき、まるで神に祈りを捧げるような姿勢のまま息絶えているのだ。
首を刎ねられた者、額を撃ち抜かれた者。
すべてが一撃で、抵抗した跡すら見当たらない。
「祈りながら……死んでいる?」
イリスが信じられないというように呟く。
「毒牙蜘蛛をたった一撃で仕留め、さらにこれほどの数の山賊を……無抵抗のまま?」
リリアは震える手で杖を握り直した。
その圧倒的で不可解な光景は、極級のハルトでさえ背筋が冷たくなるほどの異様さを放っていた。
「み、皆さん!そんなことしてはいけません!立ってください!」
広場の奥から、よく知る少女の困惑した声が聞こえてきた。
ハルトたちが急いで声のする方へ向かうと、そこにはさらに信じがたい光景が広がっていた。
「いやいやいや、勇者様になら、なんでも捧げられます!足を揉ませてください!」
「うちの最高級の干し肉です!どうかお納めください!」
「勇者様!ぜひ私の娘を、夜の身の回りのお世話に……!」
トマスやマーサをはじめとする村人たちが、セシリアの周りに群がり、地面に這いつくばって必死に奉仕しようとしているのだ。
誰も彼もが目を血走らせ、異常なほどの熱狂と崇拝をセシリアへ向けている。
その中心で、真新しい革の胸当てを着たセシリアは、完全にパニックになりながら両手を振って拒絶していた。
「ち、違います!私は勇者なんかじゃありません!お願いですから、普通に話してください!」
しかし、村人たちの耳にセシリアの言葉は届いていない。
まるで絶対的な女王様に平伏する奴隷のように、靴の汚れを拭こうとしたり、貢物を押し付けようとしたりしている。
「セシリア!無事だったか!」
ハルトが声をかけると、セシリアはハッとして振り返り、涙目で助けを求めてきた。
「ハ、ハルト様!リリアさん!助けてください!皆さんがおかしいんです!」
セシリアがハルトたちの後ろへ隠れると、村人たちはハルトたちにも深いお辞儀をした。
「おお、勇者様のお仲間の方々ですか!昨日は、本当に素晴らしい奇跡を見せていただきました!」
トマスが興奮冷めやらぬ様子で語り出す。
「奇跡……?一体、何があったんだ?」
ハルトが尋ねると、村人たちは口々に昨日起きた出来事を語り始めた。
「セシリア様が、たった一人でこの村を救ってくださったのです!」
「暴走して村を襲おうとした巨大な毒牙蜘蛛を、一撃で倒されました!」
「それだけではありません!あの恐ろしい山賊どもを前に、セシリア様は慈愛に満ちた声で彼らに罪を悔い改めるよう説いたのです!」
「山賊たちは涙を流して懺悔しました。そして、どうしても改心できない悪党たちだけを、セシリア様がその神聖な力で浄化してくださったのです!」
村人たちの語る話は、もはや神話の英雄譚そのものだった。
それを聞いたハルトは、真剣な顔でウンウンと頷いた。
「なるほど……。すべて、星乃さんがやってくれたんだな」
ハルトはセシリアの中の『星乃』の存在を思い出し、勝手に納得する。
「ちょっと乱暴な戦い方をする方だが、わざわざ山賊たちに懺悔の機会を与え、村を守ってくれるなんて。本当は、すごく優しいお方なんだな」
リリアもホッと胸をなでおろす。
「ええ。最初は多重人格かと思いましたが、これほどまでに慈悲深く、そして圧倒的な力。やはり、神の眷属か何かなのでしょう」
ハルトとリリアの好意的な解釈に、セシリアの顔が引きつった。
(そ、そんなことないよ!?)
セシリアは心の中で激しくツッコミを入れる。
(魔獣を一撃で倒したのは本当だけど……最初は魔獣を村に引き寄せて、山賊団に戦わせて共倒れさせるつもりだったのに!?)
あの時の地獄のようなパニックと恐怖を思い出し、セシリアの胃の辺りがキリキリと痛む。
それに、懺悔の話も全く違う。
(それに……昨日は生き残った山賊の頭に、一人ひとり無理やり罪の告白をさせたんですよ!?)
セシリアの脳裏に、昨日の凄惨な光景が蘇る。
涙ながらに改心を誓う山賊の頭に対し、星乃は笑いながらその目に弩弓の矢を撃ち込んだのだ。
(全然、改心できない悪党だけを浄化したわけじゃないです!懺悔させて、希望を持たせた瞬間に、善悪問わずに全員笑顔で始末したんですからね!?)
皆、完全に勘違いしている。
こんな狂った殺戮ショーを「優しい奇跡」だと勘違いしているハルトや村人たちに、セシリアは恐怖で震えが止まらなかった。
すると、セシリアの意識の奥深くから、楽しげな笑い声が響いてきた。
(おーほーほーほー!傑作ね!)
星乃の傲慢で冷酷な声だ。
(ほら、見なさいセシリア。あのクズども、私がどれだけ残酷に山賊を殺したか目の前で見ていたはずなのに、自分たちに都合のいい神話に作り変えているじゃない)
星乃は面白くてたまらないというように笑う。
(弱き者は、ただそこにいるだけで善悪問わず貶され、利用される。でも、圧倒的な強者は、どんなに残酷な罪を犯そうが、勝手に称賛されて崇められる。これこそが、この世界の真の法則なんだよ!)
(こーわーいー!!!!)
セシリアは両手で頭を抱え、心の中で特大の悲鳴を上げた。




