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30.魔獣を探し出せ!

冷たい土を踏みしめるたび、セシリアの肺が熱く焼ける。


暗い森の奥へ向かって、がむしゃらに走っていた。


背後からは、山賊たちの怒号と、枯れ枝を踏み折る無数の足音が響いてくる。


「逃がすな!森の縁を固めろ!火を持て!」


下級ランクの剣士である頭の太い声が、木々の隙間から突き刺さった。


『邪神様……。息が、苦しいです……』


セシリアは木の幹に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。


先ほど飲んだ回復薬のおかげで手足の痺れは少し引いたものの、下級の身体能力では全速力での逃走は限界に近い。


毒の微細な名残が、確かな重りとなって筋肉に纏わりついている。


(少しペースを落としなさい。完全に立ち止まると追いつかれるわよ)


意識の奥底で、星乃が冷静に指示を出す。


セシリアの視界を通じて後方を確認すると、山賊たちは森の深くまでは追ってきていない。


その代わり、森の入り口側に半円形の包囲網を敷き、松明の火を準備しているのが見えた。


(風向きを確認しているわね。本気でこの森ごと焼き払って、あぶり出すつもりだわ)


星乃は状況の悪化を計算し、舌打ちをする。


(セシリア。少し聞いておきなさい)


星乃の声が一段と低くなる。


『はい、何でしょう……』


(私が再びあんたの体を完全に操作できるようになるまで、精神を回復させる時間が必要なの。二度目の操作までの正確な限界は測っていないけれど……少なくとも、一時間は掛かるわ)


『一時間……!?』


セシリアの顔から血の気が引いた。


『そんな……。森が燃え広がったら、一時間なんてとても持ちません!』


(わかっているわよ。だから、ただ逃げるだけじゃ駄目なの)


星乃は冷静に思考を巡らせる。


現状の最大の脅威は、極級の魔人でもなく、圧倒的な個の力でもない。


数十人という数と、遠距離からの毒矢、そして煙幕だ。


(ジャスト回避やジャストパリィは、単体からの明確な攻撃に対しては無類の強さを発揮できる。でも、四方八方から同時に降り注ぐ矢の雨や、広範囲に広がる煙幕に対しては、完璧な対応が難しいわ)


星乃は自身の権能の限界を正確に把握している。


ゲームの中であれば、強力な全体魔法や範囲攻撃スキルを使って雑魚の群れを一掃できた。


しかし、ここにはそんな便利なシステムはない。


セシリアの体で、物理的な限度を超えた無双は不可能なのだ。


(このまま包囲されて火攻めに遭えば、私たちは確実に焼け死ぬわね)


セシリアは絶望感に襲われながらも、よろけそうになる足でさらに奥へと進む。


周囲の木々はますます高く太くなり、昼間だというのに太陽の光がほとんど届かない。


『邪神様……このまま森の奥に進むのは、危険かもしれません』


セシリアが不安げに呟く。


(どういうこと?)


『村の周りは比較的安全なんですけれど……ペトラ村の言い伝えで、この森の奥深くには、凶暴な魔獣が住み着いているって言われているんです。たまに、村の近くまで降りてくることもあって……』


セシリアの言葉を聞いた瞬間、星乃の思考がピタリと止まった。


(……魔獣が、いるのね)


星乃の脳内で、バラバラだった情報が急速に一つに結びつく。


山賊たちは、自分たちを燻り出すために森を囲んでいる。


(なら、話は簡単じゃない)


星乃の唇が、自然と歪な笑みの形を作る。


現状、群れを相手にするのは極めて不利だ。


なら、こちらも単体の圧倒的な暴力を用意すればいい。


毒も弓矢も通用しない、凶悪な壁。


(私たちが手を下す必要なんてない。魔獣をこき使って、あのゴミどもを片付けさせればいいのよ)


ゲームの戦略で言えば、モンスターのヘイトを利用した同士討ちだ。


星乃の意識が、熱を帯びてクリアになる。


(セシリア!立ち止まらないで!もっと奥へ走りなさい!)


突然の強い指示に、セシリアはビクッと肩を震わせた。


『えっ?でも、奥には魔獣が……』


(だからよ!その魔獣を探すの!)


星乃の好戦的な声が響く。


(なるべく大きくて、凶暴で、手がつけられないようなヤツを探し出しなさい!そいつに、あの山賊どもを処理させるのよ!)


『えええええええ!!!???』


セシリアの魂からの悲鳴が、森の静寂を揺るがした。


『そんなことしたら、私たちが先に食べられちゃいます!絶対に無理です!』


(大丈夫よ!一時間耐えてくれれば、私がそいつも纏めて面倒見てあげるから!)


星乃の無茶苦茶な自信に、セシリアは涙目になりながらも、足を動かすしかなかった。


背後からは、木々が燃え始める焦げ臭い匂いが、ゆっくりと迫ってきている。

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