28.邪神様が、もう限界です!
意識が切り替わった瞬間、星乃の表情は冷酷な捕食者のそれへと変貌した。
手にした弩弓の感触を確かめ、森の暗がりからペトラ村の入り口を観察する。
山賊たちは数十人の規模で村の入り口を塞いでおり、粗末な革鎧を着て、長剣や槍、弓を構えている。
彼らの意識は、道を塞ぐトマスたち村人に完全に集中していた。
(さて、ゴミ掃除の時間ね)
星乃は足音を一切立てず、最後尾で弓を持って見張りに立っていた男の背後へと忍び寄る。
距離が三メートルを切ったところで、星乃は弩弓を構えた。
カシャッ、と小さな発射音が響く。
放たれた短い矢は、見張りの首元へ深々と突き刺さった。
男が悲鳴を上げる暇も与えず、星乃は前へ飛び出し、崩れ落ちる体を支えて静かに地面へ寝かせる。
(一人)
息をつく間もなく、星乃は右手に持った鉄の短剣を、少し離れた位置にいた別の山賊へ向けて投擲した。
鋭い刃が暗闇を切り裂き、二人目の男の喉笛を貫く。
星乃は即座にダッシュして倒れる男に接近し、引き抜いた短剣を回収しながら、左手で弩弓に新しい矢を装填する。
無駄な動きは一切ない。
振り向いた三人目の眉間に矢を撃ち込み、四人目の胸を短剣で突き刺し、五人目、六人目と、音を立てずに確実に命を奪っていく。
(七人)
星乃が七人目の男の心臓から短剣を引き抜いたその時だった。
男の体がバランスを崩し、近くにあった大きな石にぶつかって転がった。
ゴトッ、と鈍い音が岩肌に反響する。
「うん?どうした?」
前方にいた山賊の一人が振り返り、血を流して倒れている仲間たちの死体を発見した。
「おい!頭!後ろに誰かいるぞ!!」
その叫び声で、山賊たちの空気が一変した。
村人へ向いていた意識が、一斉に後方の森へと切り替わる。
(チッ、バレたか)
星乃は舌打ちをし、素早く大きな木の陰に身を隠した。
「誰だ!どこの小童だ!」
山賊たちの中から、一回り大きな長剣を持った男が前に出た。
他の者よりも質の良い鎖帷子を着込んでおり、周囲の山賊たちがその男へ道を開ける。
星乃は木陰からその様子を窺う。
(好機だわ。あいつが頭ね)
こういう集団は、頭さえ潰せば統率を失う。
頭を殺せば、残りの半分は恐怖で逃げ出すはずだ。
星乃は弩弓に矢をセットし、呼吸を整えた。
瞬間、木陰から身を乗り出し、頭の男の頭部へ向けて照準を合わせる。
引き金を引く。
放たれた矢は、真っ直ぐに男の顔面へと迫った。
(当たる!)
星乃が確信した直後。
キャン!
甲高い金属音が鳴り、矢が空中に弾き飛ばされた。
頭の男が、信じられない速度で長剣を振り上げ、飛来した矢を刃で叩き落としたのだ。
「そこだ!お前ら、あいつを捕まえろ!」
男の号令に従い、山賊たちが一斉に星乃の潜む木陰へ向かって突進してくる。
(ただの凡人じゃないわね。魔力をまとっていた……下級ランクの剣士か)
星乃は冷静に相手の実力を測る。
(しかも自分は安全な後方に立って、手下で私を消耗させるつもりね。ヤバいことになるわ)
星乃は弩弓を収納の指輪にしまい、短剣を握り直して森の中を走り出した。
多数の敵に囲まれれば、一瞬で終わる。
「逃がすな!弓兵、撃て!」
頭の指示で、後方の山賊たちが一斉に矢を放つ。
木々の間を縫って、何本もの矢が星乃へと降り注ぐ。
(ジャスト回避!)
星乃はタイミングを完璧に合わせ、体を捻って矢を躱す。
回避行動による権能が発動し、星乃の体は残像を残して超高速で移動する。
だが。
ドスッ、ドスッ、と地面や木に刺さった矢から、急に紫色の煙が噴き出した。
「なっ……!?」
煙幕が周囲に広がり、星乃の視界を奪う。
(これは……毒矢!)
星乃は慌てて口元を覆い、煙の範囲から飛び出すが、すでに微量の煙を吸い込んでいた。
足元がほんの少しだけふらつく。
(まずい。少しだけだけど、毒がかかっているわ)
セシリアの下級ランクの下位の肉体では、毒の回りも早い。
それに、逃げ回って回避行動を取り続けているせいで、体力の消耗が激しい。
(そろそろ操作限界の十五分が来る。それに、ダメージを受ければ強制交代されるわ)
星乃は木の上に飛び移り、追ってくる山賊たちを見下ろした。
このままでは、ジリ貧だ。
(セシリア!逃げなさい!)
星乃は意識の奥へ向けて、強く撤退の指示を出した。




