16.最強プレイヤーのジャストパリィ!
「ジャストパリィ!」
セシリアの口から、冷たく透き通った声が放たれた。
握りしめた鉄の槍の穂先が、迫り来る黒い魔力の球体と衝突する。
防壁を紙屑のごとく粉砕した超質量の塊。
それがただの鉄の槍に触れた瞬間、ギィンッ、という甲高い金属音が平原に響き渡った。
物理法則も魔力理論も完全に無視した現象が起こる。
セシリアの腕は一切引かず、槍の柄は微塵もたわまない。
巨大な魔力のボールは、衝突の勢いをそのまま反転させ、飛んできた時よりもさらに速い速度で、撃ち出した魔人の元へと跳ね返っていった。
「どういうことだ!?」
魔人は目を見開き、自身の放った魔法が倍の速度で迫ってくる光景に絶叫した。
避ける暇もない。
残った右手を前に突き出し、即席の魔力障壁を張るのが限界だった。
ズガァァァァァンッ!
平原の中心で、先ほどとは比べ物にならないほど巨大な爆発が巻き起こる。
黒い炎が渦を巻き、大地が深く抉れ、周囲の草木が一瞬で灰と化した。
「グギィィィヤァァァアアアッ!」
爆炎の中から、魔人の悲痛な叫び声が轟く。
爆発の衝撃で空高く弾き飛ばされた魔人は、何度も地面を転がり、ようやくその動きを止めた。
赤い軽鎧はひしゃげ、体中から黒い血が噴き出している。
そして、防御に用いた右腕も、肩の根元から無残に引きちぎられていた。
「お、お前は……何者なんだ!?」
魔人は血まみれの顔を上げ、前方で静かに槍を構える少女を睨みつけた。
すぐさま魔力感知を発動し、相手の力量を測ろうとする。
しかし、何度感知の波を送っても、返ってくる結果は同じだ。
魔力が通っていない。
ただの凡人の少女。
手にしているのは、どこにでも売っている安物の鉄の槍。
そんな非力な存在が、自身の全力の魔法を真正面から弾き返した。
しかも、その表情には焦りも疲労もなく、ただ無表情でこちらを見下ろしている。
(ありえない……こんなことはありえない!)
魔人の心に、数百年ぶりに恐怖という感情が芽生えた。
魔力の波動を一切感知できない。
それはつまり、相手が自身よりも遥か高位の存在、感知することすら許されない位格からスキルを発動しているということだ。
「誰だ、お前は!?勇者か!?英雄か!?」
魔人は両肩の断面から黒い瘴気を噴出させ、失った両腕を瞬時に再生させる。
新しく生えた腕で地面を叩き、素早く姿勢を低くして身構えた。
相手の傲慢で冷酷な眼差しと向き合いながら、魔人の全身は小刻みに震えていた。
砂埃が晴れる中、星乃は鉄の槍を肩に担ぎ直し、退屈そうに首を鳴らした。
「リリア」
冷徹な声が、呆然と座り込んでいるリリアに向けられる。
「は、はいー!!」
リリアは弾かれたように返事をした。
彼女の目は、目の前の少女に釘付けになっている。
つい先ほどまで、自分を盾にして震えていた村娘。
それが今、この場を支配する圧倒的な存在へと変貌している。
「勇者を担って逃げなさい」
星乃は魔人から視線を外さず、短く命じた。
「は、はい!?」
リリアは自分の耳を疑った。
後方で倒れ、血を吐いている勇者ハルトを担いで逃げろと言うのだ。
「はー?」
地面に倒れ伏しているハルトも、その言葉を聞いて顔を歪めた。
神の加護を受けた勇者である自分が、こんな状況で逃げることなどできるわけがない。
しかし、星乃の言葉は一切の反論を許さない鋭さを持っていた。
「あんたらは、弱すぎて邪魔なんだよ」
「な……!?」
ハルトが絶句する。
極級の魔力を持ち、帝国騎士団に所属するこの世界の頂点に近い存在。
それを、ただの村娘が「弱すぎる」と一蹴したのだ。
(なんなんだ、この威圧感は……)
ハルトは体を起こそうとするが、先ほどの魔人の攻撃によるダメージが深く、力が入らない。
「早くしなさい。その辺の雑魚も連れて、さっさと消えろ。足手まといなのよ」
星乃は槍の石突で地面を軽く叩き、苛立ちを隠さずに言う。
ガランもレオンもミュラも、その声の冷たさに金縛りにあったように動けない。
リリアは震える足で立ち上がり、ハルトの元へと駆け寄った。
「ハルト様……無礼を承知で、魔法で浮かせます。ガラン、レオン!早く立ちなさい!」
リリアは必死に声を張り上げ、仲間たちに撤退を促す。
彼女には、はっきりとわかっていた。
目の前に立っているのは、セシリアではない。
以前ギルドで魔狼を惨殺した、「裏の人格」。
だが、それだけではない。
先ほどの魔力の球体を弾き返したあの現象。
そして、魔人すら戦慄させる絶対的な傲慢さ。
(この方は……炎の神の加護を受けた勇者様よりも、さらに高位の存在……!)
リリアの心に、深い畏怖が刻み込まれる。
神の眷属すら赤子扱いする、名も知れぬ超越者。
これ以上ここに残れば、自分たちは本当にただの邪魔者になる。
最悪の場合、あの魔人ごと巻き込まれて消し飛ばされるだろう。
「総員、全力で後退!ルミナ都市まで一気に走ります!」
リリアの指示により、ガランとレオンがミュラを抱え起こし、リリアが風の魔法でハルトを浮かせて走り出す。
星乃は彼らが遠ざかっていく気配を背中で感じながら、再び槍を両手で構え、魔人へと向き直った。
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