15.邪神様!助けてください!
「勇者様!助けてください!」
遠くから、切羽詰まった声が平原に響いた。
街道の先、草むらを掻き分けてふらふらと歩いてくる人影があった。
ボロボロの服を着ており、足元がおぼつかない。
「ついてきた他の冒険者かしら?」
リリアが杖の先を下げて、目を細める。
「何があったんだろう?ちょっと見てくるよ」
ハルトは槍を肩に担いだまま、警戒する様子もなく軽い足取りで人影の方へと歩いていった。
勇者としての索敵範囲には、魔獣の気配は微塵も引っかかっていないのだから。
「君、大丈夫か……」
ハルトが手を差し伸べ、相手の顔を覗き込んだその一瞬。
ハルトの顔から、一気に血の気が引いた。
朗らかだった表情が完全に凍りつき、極度の緊張が顔に張り付く。
「リリア!全力で防壁を展開しろ!みんなこっちに来るな!オレを遠距離から援助してくれ!」
声が裏返るほどの怒号。
同時に、ハルトは手にしていた赤い槍を両手で握り直し、一切の躊躇なく、目の前の人影の心臓へ向けて深々と突き刺した。
肉を貫き、背中まで刃が突き抜ける嫌な音が響く。
だが。
「ほー。流石は勇者。反応が早いな。だが」
心臓を貫かれたはずのその人間は、血を一滴も流さず、口元を歪めてニヤリと笑った。
ドォォォォンッ!
次の瞬間、その人影の体から、世界そのものが明滅するほどの途方もない魔力の波動が爆発的に膨れ上がった。
大気が震え、周囲の草木が一瞬で枯れ果てる。
「なっ……!?」
リリアは悲鳴を飲み込み、咄嗟に杖を突き出した。
「多重防壁!」
淡い光の層が何重にも重なり、セシリアたちを覆い隠す。
(この魔力の圧……一体なんだ!?)
魔人は心臓に刺さった槍を片手で掴むと、忌々しそうに舌打ちをした。
「漆黒の渦より這い出よ、我が声に応じ、すべてを喰らい尽くす暗黒の刃」
魔人の口から、低い呪詛のような詠唱が紡がれる。
その手元にどす黒い光が集まり、鋭い刃の形を成した。
「ちぃっ!」
ハルトは槍から手を離し、瞬時に後方へ跳躍した。
直後、ハルトがいた空間を黒い刃が薙ぎ払い、地面が深くえぐり取られる。
「ガラン!レオン!前に出るな!あれはオレが引き受ける!」
ハルトは空中で手から新たな炎の槍を作り出し、着地と同時に再び魔人へ突進する。
「集え、紅蓮の炎!我の槍となりて、目前の敵を焼き尽くせ!」
ハルトの放つ炎が渦を巻き、平原を焦がす。
魔人の放つ黒い刃と炎の槍が激しく衝突し、耳をつんざくような轟音と衝撃波が周囲に撒き散らされた。
「勇者様!」
セシリアは防壁の中で、震える手を強く握りしめていた。
炎と闇が交錯し、人間の目では追えない速度で死闘が繰り広げられる。
ハルトは必死だった。
相手の魔力は完全に自身を上回っている。
だが、後ろにいる冒険者たちを守るため、絶対に引くわけにはいかない。
数分間の激しい打ち合いの末、ハルトの炎の槍が、ついに魔人の左腕を根元から斬り落とした。
「手一本くらい譲ってあげるよ!」
魔人は自分の腕が飛んだことなど全く気にする様子もなく、残った右手で空中に黒い魔法陣を描いた。
「しまった!」
ハルトが体勢を立て直すよりも早く、魔人の詠唱が響く。
「奈落の底より吹き荒れよ、絶望の風。光を飲み込む嘆きの息吹」
黒い突風が平原を吹き抜け、ハルトの体を直撃した。
炎の防壁を展開して受け流そうとしたものの、威力はそれを遥かに凌駕し、ハルトは木の葉のように空高く弾き飛ばされてしまった。
「ぐあっ……!」
ハルトの体が遠くの地面に激突し、土煙が上がる。
「勇者様が……!」
レオンが絶望の声を漏らした。
「に、逃げろ!!」
遠くから、血を吐きながらハルトが叫ぶ。
「逃げろ!入り口へ走れ!」
ガランが大盾を放り出し、パニックに陥った声を上げる。
ミュラも腰を抜かし、完全に戦意を喪失していた。
魔人はゆっくりとこちらへ向き直り、不気味な笑みを浮かべた。
「先にパーティーメンバーに慈悲を与えようか。あの勇者は頑丈だからね」
魔人の手が天にかざされる。
「深き闇の底より生まれし滅びの球体。すべてを押し潰す絶望の重圧」
魔人の頭上に、常識外れの大きさを持った黒い魔力の球体が形成されていく。
周囲の光がそれに吸い込まれ、平原が夜のように暗くなった。
その狙いは、防壁を展開しているリリアへと一直線に向けられている。
このままでは、あの黒い球体に触れた瞬間、全員が跡形もなく消し飛ぶ。
「みんな!足を止めるな!走れ!」
リリアは杖を両手で握りしめ、前へ出た。
「大いなる大地の加護よ、我が命を盾とし、何人たりとも通さぬ不可視の城壁となれ!」
リリアは自身の命を削る覚悟で、ありったけの魔力を注ぎ込み、分厚い光の壁を十数枚、瞬時に展開した。
だが。
ズガァァァァンッ!
巨大な魔力のボールが防壁に激突した瞬間、ガラスが割れるように、何重もの光の壁が次々と粉砕されていく。
回避不可能なスピードと、圧倒的な質量。
「……ここまでですか」
リリアは目を閉じ、死を受け入れた。
その光景を前に、セシリアの心は限界を迎えていた。
逃げることなどできない。
体は恐怖で動かず、視界は真っ暗に染まっていく。
その極限の恐怖の中、セシリアは無意識に、一番頼るべき存在の名前を心の中で叫んでいた。
『邪神様!!!どうか、どうかリリアさんのことを……!助けて……!』
(やれやれ。だから言ったじゃない。危ないって)
セシリアは全く躊躇することなく、リリアの前に飛び出した。
「セシリア!?」
リリアが驚愕して目を見開く。
セシリアは収納の指輪から、鉄の槍を抜いた。
もし、予想通りであれば、ステータスや魔力など関係ない。
これは、プレイヤーとしての星乃が持つ、唯一無二の権能。
黒い魔力のボールが、セシリアの体を引き裂く直前。
星乃は槍の刃を、ボールの軌道にピンポイントで合わせた。
「ジャストパリィ!」
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