表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/30

13.正しい……決定をしたわね、セシリア

ルミナ都市の冒険者ギルドは、夜遅くまでかつてない熱気に包まれていた。


暗緑の森から帰還した一報は瞬く間に広がり、帝国騎士団に所属する本物の勇者が訪れたという事実に、多くの冒険者たちが歓喜の声を上げたのだ。


食堂の長机には山盛りの肉料理と酒樽が並べられ、賑やかな宴が催されている。


「ハルト様!オレの剣にサインを書いていただけませんか!」


「勇者様、明日はどの辺りに行かれるんですか!よければご案内しますぜ!」


屈強な冒険者たちが、目を輝かせてハルト・ヴェルグの周囲に群がっている。


ハルトは嫌な顔一つせず、朗らかな笑顔で応じている。


「いいよ、剣を貸して。案内はありがたいけど、しばらくはこの『星屑の剣』の皆と行動する予定なんだ」


ガランやレオンも、他の冒険者から羨望の眼差しを向けられ、誇らしげに酒杯を傾けていた。


リリアやミュラも、普段の厳しい表情を少し崩し、穏やかな笑みを浮かべている。


皆が活気に満ちている。


楽しい空気がギルド全体を満たしていた。


セシリアもまた、少し離れた席から、その眩しい光景を夢見るような瞳で見つめている。


(私は……何者でもないわね)


星乃は、セシリアの意識の奥深くで、静かにその景色を眺めていた。


温かい食事の味も、仲間たちと交わす酒の熱も、星乃には届かない。


彼女は肉体を持たず、この世界に突然迷い込んだだけのプレイヤー。


ゲームの知識を頼りに生き残ろうと足掻いたが、その結果がこれだ。


恐怖で縛り付けた小娘には拒絶され、唯一の切り札であった「未来の知識」も、この世界の住人には届かない。


帰るべき現実の肉体は既に失われ、この異世界での未来も閉ざされようとしている。


完全な孤独が、星乃の精神を冷たく侵食していく。


セシリアは宴の途中でハルトの元へ行き、小さな声で約束を取り付けた。


三日後。


『光耀教会』へ共に向かい、そこに滞在している聖騎士に呪いを祓ってもらうという手はずだ。


席に戻ったセシリアは、心の中で静かに言葉を紡いだ。


『そういえば、邪神様は、あれからずっと喋っていませんね』


セシリアの問いかけに、星乃は答えなかった。


ただ黙って、セシリアの思考を聞いている。


『邪神様。私は、もう少しであなたのことを徹底的に排除します。光の神の力で、私の中から消え去っていただきます』


セシリアの言葉には、強い決意が込められていた。


自分が生きるため。


そして、恐ろしい力に操られる日々から解放されるため。


(……そっか。正しい……決定をしたわね、セシリア)


しばらくの沈黙の後、星乃の声が脳内に響いた。


その声は、以前のような傲慢さも冷酷さも消え失せ、ひどく掠れていた。


『えっ……?』


セシリアは戸惑った。


怒り狂って暴れるか、呪いの言葉を吐き捨てられると思っていたのだ。


しかし、星乃の声は、不思議なほど静かで、どこか悲しそうな響きを帯びていた。


その声を聞いた瞬間、セシリアの胸の奥がチクリと痛んだ。


(なぜ……私が胸を痛める必要があるの?この存在は、私を脅し、無理やり体を奪った邪悪なものだわ)


セシリアは痛みを振り払うように思考を固くする。


邪神を排除するという決定は変わらない。


これは絶対に正しいことなのだから。


(セシリア。最後に一つだけ、忠告しておいてあげる)


星乃の静かな声が続く。


『……何ですか』


(教会にたどり着いたら、そこで一生働きなさい。ギルドには戻るんじゃないわ。そこは平和で安全よ。あんたの体は決して強くない。冒険者なんて続けても、すぐに死ぬわ)


星乃は、自分が知る限りのゲームの知識を伝える。


教会の敷地内は基本的に戦闘が禁止されている安全エリアだ。


そこなら、この非力な村娘でも平穏に生きていけるはずだ。


(私がしてあげられることは、ここまでのようね)


星乃の声が、水底に沈むように静かに遠ざかっていった。


『邪神様……』


セシリアはテーブルに置かれたグラスを強く握りしめた。


なぜだろう。


自分を脅したはずのその声が、今はとても不器用で、孤独なものに聞こえる。


(邪神様は、本当に悪い存在だったのかな……?)


そんな疑問が、セシリアの心に小さな波紋を広げていた。


翌日の朝。


ギルドの依頼掲示板の前に、少し重い空気が漂っていた。


「今朝早く、ルミナ都市の西側街道で小型魔獣の被害報告がありました。商人の荷馬車が襲われたようです」


リリアが手元の資料を読み上げながら、周囲のメンバーへ状況を伝える。


「西側か。暗緑の森とは反対方向だな」


ガランが顎を撫でながら呟く。


「森の奥に潜んでいたやつらが、こっちの討伐を逃れて移動してきたのかな?ちょうどいい」


ハルトが槍を軽く回しながら、快活な声を上げた。


「俺たちのパーティーの連携トレーニングとして、皆で行こうじゃないか。実戦に勝る訓練はないからね」


勇者の提案に、ガランもレオンも力強く頷く。


「ええ、異存はありません」


ミュラも静かに同意した。


リリアは視線を動かし、少し離れた場所で控えていたセシリアを呼んだ。


「セシリア。貴女も来なさい」


「えっ?私も、ですか?」


セシリアは驚いて顔を上げる。


「ギルド長からの指示です。貴女の中に眠る裏の人格の力、あの異常な戦闘能力が、どのような条件で引き出されるのかを確認する必要があります。昨日は一度もその力を見せませんでしたからね」


リリアの目は真剣だ。


セシリアの力は、ギルドにとって貴重な戦力候補として見なされている。


セシリアは視線を落とし、心の中で呟いた。


(ごめんなさい、リリアさん。もう、その力は二度と使えないかもしれません)


邪神は沈黙してしまった。


自分が頼んでも、もう体を動かしてはくれないだろう。


戦闘になれば、自分はただ足手まといになるだけだ。


断るべきだ。


そう頭では理解していた。


しかし、セシリアは顔を上げ、ハルトの背中を見た。


赤い髪と、自信に満ちた広い背中。


神の眷属であり、皆から称賛される眩しい存在。


(それでも……憧れの勇者様の戦う姿が、もっと見たい)


「分かりました。ついて行きます」


セシリアは小さな声で答え、装備を整えるために武器庫へと足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ