第62話 仕事は報告までして…ですね
観音堂を後にして、紘一たちは都久夫須麻神社で参拝を改めてする。
紘一は、鞄の上で寝転ぶタヌキを手にして志乃に渡す。
「ありがとう。大事にする」
「うん。それの方が喜んでくれるよな」
龍騎は相変わらず鞄の上に座っている。
帰れなくなったというのに、思ったほど落ち込んではいない。
いや、落ち込んでいないわけではないのだろう。
ただ、それ以上に天音と過ごせたことの方が大きいらしい。
「お気楽だな」
紘一が呟く。
「失礼な」
龍騎は胸を張った。
「帰る場所がなくなったんだぞ?」
「なくなったわけじゃない」
「なくなっただろ」
「違う」
何故かそこだけは譲らない。
紘一は肩を竦めた。
志乃はそんなやり取りを見ながら小さく笑う。
「で、どうするの?」
「このままでも俺は大丈夫」
龍騎は何の根拠か言い切った。
「そうじゃなくて」
志乃が苦笑する。
「私たちの予定」
「ああ」
龍騎はいま気付いたような顔をした。
「黒龍堂…だな」
紘一は苦笑しながら石段を下りはじめた。
3段ほど降りたときだった。
不意に胸の奥がざわつく。
嫌な感じではない。
むしろ懐かしいような感覚もある。
「ん?」
思わず立ち止まる。
風が吹きぬけた。
木々が揺れる。
その奥。
黒龍堂のある方向から何かが呼んでいるような気がした。
「紘一?」
志乃が振り返る。
「いや…」
言葉の途中だった。
ぐいっ。
服の裾を引っ張られたような感覚。
「え?」
次の瞬間。
視界が揺れた。
「紘一!」
志乃の声。
龍騎の叫び。
風。
光。
そして…気付けば黒龍堂の前に立っていた。
「は?」
紘一は間の抜けた声を漏らした。
数秒前まで都久夫須麻神社の石段にいたはずなのに。
周囲を見回す。
志乃もいる。
龍騎もいる。
全員まとめて移動していたらしい。
「…何をした?」
紘一はぽつり呟いた。
龍騎も首を振る。
「俺じゃない」
珍しく即答だった。
最初から龍騎だとは思っていないだけに苦笑が漏れた。
そして黒龍堂の扉がひとりでに開く。
ぎぃ…
その演出にも苦笑をこぼした。
古い木が軋む音。
薄暗い堂の中。
そして、その奥から…
という演出にどっと疲れが出てしまう。
「来たか」
低い声が響いた。
「あ、待って…先にしたいことがある」
紘一はお堂の方に手を翳して言うとゆっくりと社の裏手へと回った。
誰かが乱暴に掘り起こそうとした跡が残っている。
その大地に手を置き、ゆっくりと土をどけた。
砕けた宝玉が見える。
「よく分かったね」
志乃が紘一の手元を覗いた。
「俺じゃないけどね」
「?」
紘一は右手を持ち上げた。
チャラッとブレスレットが音を鳴らした。
紘一の手首から離れるように宝玉の方へと移動する。
そのまま土の中へ潜る。
砕けた宝玉が淡く光を帯びはじめた。
土の中で何が起きているのだろう。
考えるまでもないか、と紘一は苦笑した。
ひび割れた欠片が震える。
吸い寄せられるように集まり、小龍に整えられるように融合していく。
少しずつ球体を取り戻していくように…
小龍の身体がゆっくりと小さくなっていった。
そして…砕けた珠姫の宝玉が完全な球体へとなって大地に収まった。
紘一の腕に戻ったときには、小龍は手首を一周するほどの大きさになっていた。
「お疲れ」
紘一が小さく呟く。
小龍は尻尾を一度だけ揺らした。
「終わり?」
志乃が紘一に声をかけると、紘一は動きを完全に止めていた。
瞬きひとつしない。
何かの呪いにでも掛かったようだった。
「紘一?」
真っ暗な世界だった。
夜の海に投げ出されたような変な恐怖心がまとわりついていた。
何が起きた? そのことを探りたいのに、身体が変に重い。
小龍が紘一の周りを飛んでいる。
闇を晴らすかのようにグルグルと回っていた。
ゆっくりと光の世界へと案内をしてくれるような感じだった。
ん? これは…
紘一は眼下には黒龍堂が見えていた。
俯瞰するかのような位置関係。
男が二人、周りを気にしながら近付いてくる。
一人は見張りのように通路に足を止めている。
もう一人は黒龍堂の後ろへと入り込んでいく。
小龍が見せる過去の時間なのだろう。
「おい…本当に大丈夫か?」
「何言っている、お前が見つけてきた情報だろう」
「そうだが…」
「黒い天然水晶、50センチとかになれば数千万だぞ…」
その声に聞き覚えがあった。
まだ…その声を覚えている。
柴山…どうやら今回の主犯はこいつらしい。
もちろん証拠として使えるものではないことは知っている。
宝玉の欠片に残る記録なのだろう。
「ちっ、他の奴らに取られるくらいなら」
柴山は転がっている石を取り、勢いよく宝玉を殴りつけた。
ガキッ!
鈍い音を響かせて宝玉が砕け散る。
「お、おい、何しているんだ」
「天然石なら、小さくても売れるんだろう?」
「そうだとは思うが」
「はっきりしない奴だな。女の尻に引かれているからそうなるんだよ」
聞こえてくる音だけでもイラっとしてしまう。
「それに、これには金を引き寄せる力があるんだ。弁財天の加護としてな。」
その醜悪な欲望の顔が歪んでいくのが見えた。
「そんなこと一体…誰が…」
「お前だ!」
怒鳴り声が響く。
通路の男はあたりをキョロキョロと見渡した。
互いを睨みつける目には、共犯者としての空気はない。
疑念。
焦燥。
不信。
それだけが色濃く見えていた。
紘一は眉をひそめる。
結局、何がしたかったのだろう。
金か。
名誉か。
誰かを見返したかったのか。
そんなもののために、多くの人を巻き込んだ。
それなのに何も得ていない。
手元に残ったのは砕けた宝玉の欠片だけだ。
それなのに、欲だけは膨らんでいった。
まるで穴の空いた器に水を注ぎ続けるように。
妬み。
嫉み。
そして…相手の不幸を喜ぶ感情。
シャーデンフロイデ。
誰かを引きずり下ろしたい。
失敗してほしい。
不幸になればいい。
そんな思いが積み重なるたび、人は魔に近付いていくのかもしれない。
最初からそんな人間だったとは思いたくない。
きっと最初は違ったはずだ。
少しの不満。
少しの羨望。
それだけだったはずなのに。
もし最初からそういう人間だったのなら…
それはあまりにも救いがなかった。
最初からそんな思いを持つ人はきっといない。
そう信じたい。
でも、最初からそういう思考の持ち主だったのなら…救いようはないのだろう。
『紘一!』
志乃の声が響いてきた。
その声を追うように闇が砕ける。
視界に光が差し込んでくる。
眩しさに思わず目を細めた。
ぐらりと身体が傾いた。
「おっと」
肩を掴まれる。
気付けば志乃が目の前にいた。
不安そうな顔。
その後ろでは龍騎が尻尾を逆立てている。
「大丈夫?」
「ああ……たぶん」
喉が妙に渇いていた。
数秒だったのか。
数十分だったのか。
感覚がおかしい。
紘一は無意識に右手へ視線を落とした。
小龍は再び手首に巻き付き、静かに目を閉じている。
まるで役目を終えたと言わんばかりに静かにしている。
次の瞬間だった。
パンッ!
鋭い柏手の音が闇を裂いた。
音が波紋のように拡がり、それに合わせるように空間が浄化されていく。
その音は一度だけだったはずなのに…何重にも反響していた。
光が差し込む。
まるで障子が開かれるように。
視界が白く染まった。
次の瞬間…紘一は黒龍堂の中に立っていた。
「……と、びっくりするな」
思わず間の抜けた声が漏れる。
さっきまで外にいたのに…
志乃もいる。
龍騎もいる。
全員揃って堂内に立っていた。
薄暗い堂内。
古びた木の匂い。
長い年月を重ねた柱。
そして正面。
そこにひとつの影が座っていた。
「来たか」
低い声が響いた。
「おい…似合わんぞ」
「…気軽に傷つけるよな…お前って」
「……すまん」
紘一は苦笑しながら、堂の中央へと足を向けた。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




