第59話 後始末… 報告と送り届けと… それから…
谷町九丁目の交差点近くでハザードを点ける。
まだ朝焼けにも早い時間…というよりはあたりは暗い。
この時間での待ち合わせは嫌がらせともとれるかもしれない。
が、紘一自体は全く気付いていない。
車通りは少なく、コンビニの明かりだけが妙に目立っていた。
とりあえず煙草でも…
もう吸っていなかった。
スマホを見る。
約束時刻の3分前。
歩道をパタパタと走ってくる。
その様子に何処かホッとする。
予定は…予定通り進むのだろう。
志乃に軽く手を挙げて合図をしてから運転席に乗り込む。
「早くから来ていたの?」
助手席のドアを勢いよく開けながら途切れる息で聞いてくる。
紘一は無意識にハンドルを指で叩いた。
「そうでもないかな?」
時計を見ると30分ほど経過していた。
落ち着かない。
別に待ち合わせをするのは初めてではない。
志乃とも何度も会って…いない。
知り合ってからまだ3日しか経っていない。
どう考えても、それ以上過ぎていない。
怒涛の時間だ。
妙に落ち着かなくて当たり前だと紘一に言い聞かせる。
「それならいいけど」
「まぁ、とりあえず2時間程度はあるから寝ていていいよ」
「ありがと…はい」
志乃は缶珈琲を渡してくれる。
そういう小さな気遣いが心地よい。
「あ、」
「ん?」
志乃が助手席に収まり、コンソールのカップホルダーにぬいぐるみを入れる。
「おはよ」
かわりのない笑顔。
はじめて会ったときに見せてくれた屈託のないそれに安心する。
色々な思いが絡み合っているはずなのに…
整理しきれない時間しか過ぎていないのに…
どこか儚げなのに柔らで暖かな笑顔にホッとしてる。
それが妙に眩しく見える。
「おう」
短く返事をする。
「何?」
「何が?」
「いや、なんか変」
志乃はシートベルトを引きながら首を傾げた。
「そう?」
「そう」
シートベルトを締める。
カチリ。
小さな音。
「寝不足?」
「そんなことない」
「ふーん」
疑っている顔だった。
「じゃあ行くか」
「うん」
車はゆっくりと交差点を抜けていく。
高速道路へ入る。
大阪の街並みが後ろへ流れていく。
龍騎は天音と顔を見合わせた。
フロントパネルしか見えない。
おもしろくもないので、龍騎は頑張って這い出してみる。
コンソールの上にたち、天音をの手を引く。
二人でもたれかかりあうようにして流れる景色を眺める。
そんな光景に紘一は平和だと感じる。
志乃をちらりと見る。
実に平和だった。
阪神高速から名神へ入る頃には空の色が少しずつ変わり始めていた。
東の空だけが薄く白んでいる。
志乃は缶珈琲を飲みながら窓の外を眺めていた。
都会の灯りは次第に数を減らしていく。
高層ビルが消え、工場地帯が流れ、やがて住宅地へと変わる。
それだけの変化なのに大阪から離れていることを実感する。
車での旅も悪くない…そんなことを思ってしまう。
京都東を過ぎる頃には空は群青色になっていた。
山並みの輪郭が少しずつ浮かび上がる。
街の景色は消え、代わりに深い森と田畑が増えていく。
湖西道路へ入る。
左手には比良山系。
右手には琵琶湖。
まだ朝靄が残る湖面は空の色を映しながら静かに広がっていた。
昨日までの疲れも手伝ってか、志乃がうつらうつらしながら窓に寄りかかっている。
その横顔を見ていると、自然と一つの言葉が頭に浮かぶ。
告白。
頭の中にその二文字が浮かぶ。
いまさら引き返すつもりはない。
今日のコースを考えているときにふと思った。
何度考えても結論は変わらなかった。
言うべきだと思った。
だから…白鬚神社へと寄る。
竹生島周辺の紀行なら必要のない寄り道だ。
少し離れてはいるが、同じ琵琶湖を背景にするポイントなら…
それに朝の景色は悪くない。
記事の材料にもなる。
何よりも神秘的な光景は、旅行記のひとつの売りだ。
今津港へ向かうだけなら、もっと別の時間配分もできる。
そう自分に言い聞かせてみる。
でも朝日が昇る時間に合わせた理由は別にあった。
それくらいは自分でも分かっている。
「ねぇ」
「ん?」
「どこ行くの?」
「今津港」
「?」
「竹生島に渡るには2つのルートがあるんだ」
「2つ?」
「長浜と今津…今津はあんまりメジャーじゃないよね」
「そうみたいだね…」
湖面に浮かぶ影を視線が追うように首が動いた。
「少し休憩しようか」
「えっ?」
そのまま今津港に着いたところで船は出ない。
まだ第1便が出るまでに時間がある。
湖面を反射する光が車内に飛び込んでくる。
志乃が窓の外を眺める。
「あ…綺麗」
小さな呟き。
紘一も視線を向ける。
静かな湖面。
朝靄。
淡い光。
確かに綺麗だった。
それは目的としている場所。
ただ景色より別のことで頭がいっぱいだった。
言うか。
言わないか。
いや。
もう少し時間が…
「もしかして…順調に走り過ぎた?とか」
志乃が呆れたように呟いた。
「ばれたか」
紘一は苦笑を浮かべながら、車を神社の駐車場へと滑り込ませた。
「ここは?」
「白鬚神社」
「へぇ」
少しだけ興味を示すように周りを見る。
「観光?」
「まぁそんな感じ」
嘘だった。
いや全部が嘘ではない。
仕事もきちんとする。
志乃がじっと見てくる。
嫌な汗が出る。
「何だよ」
「別に」
「何か言いたそうだな」
「言ってない」
絶対に何か思っている顔だった。
白鬚神社は近江最古とも言われる古社だ。
祭神は猿田彦命。
道を導く神として知られている。
そういう意味では、最初から今津港経由で竹生島へ向かっておけばよかったとも思える。
その方が話は早かったのかもしれない。
でも、そのルートを選んでいたら志乃とは出会わなかった。
遠回りばかりだった気もする。
けれど、その寄り道の先に志乃がいた。
そう考えると、案外この神様は仕事熱心なのかもしれない。
もっとも、これ以上神様絡みの面倒事は御免だが。
琵琶湖に立つ大鳥居が有名で、近年は絶景スポットとして紹介されることも増えた。
もっとも紘一は信仰心から訪れたわけではない。
きちんと祭神に挨拶をするが、それ以上は望まない。
他の社の神とはいえ手伝ったことだし、この先の道筋くらいは示してくれてもいい気もするが…
そんな都合のいい話があるかは分からないのだが。
琵琶湖に立つ大鳥居が有名で、近年は絶景スポットとして紹介されることも増えた。
もっとも紘一は信仰心から訪れたわけではない。
きちんと祭神に挨拶をするが…今回はそれだけに納めておきたい。
また神様絡みの面倒事に巻き込まれるのも御免だ。
それはそれとして、車を止めて眺めることはなかったが…
朝陽に照らされる湖面と鳥居、そして陽の光。
その景色が好きだった。
駐車場から歩きながら志乃は湖を見て目を丸くする。
「鳥居…さっき見えていた影? 湖の中にあるんだ」
素直な反応だった。
「綺麗だな」
思わず漏れた言葉に…
「うん」
と志乃が短く返す。
景色のことなのか。
志乃のことなのか。
自分でもよく分からなかった。
その声だけで十分だった。
話しながらカメラを三脚にセットしたうえでスマホもセットする。
空が赤く染まり始めている。
少し気分的に慌ててしまう。
志乃は柵の近くまで歩いていった。
ちょうどよかった…とホッとする。
「すごい……」
思わず漏れた志乃の声に合わせるように肩を抱きながら声をかける。
「一枚いいかな?」
「えっ、あ、うん」
「逆光で顔は見えないからね」
車があまり走らない時間帯。
朝日が湖面に光の線を引いていく。
その光景を撮影しながら、鳥居へと近付く。
「並ぶんだ」
「まぁ」
ドキッとする。
言うと決めた。
決めたはずだ。
なのに言葉だけがまとまらない。
湖の中に立つ鳥居。
その中に朝日が収まる。
光の線がまっすぐに自分たちの方へと伸びてくる。
その向こう側。
朝日が昇る。
鳥居の向こうから。
湖面を照らしながら。
金色の光が広がっていく。
その姿を見つめる志乃の横顔が妙に綺麗だった。
紘一は息を吐く。
心臓がうるさい。
病院で妖怪と戦う方が楽…そんな気がしてしまう。
本気でそう思った。
琵琶湖の中に朱塗りの大鳥居が佇む『近江の厳島』。
見守っていて…
「志乃」
「ん?」
「俺と付き合わないか?」
志乃が目を瞬く。
数秒。
本当に数秒なのに妙に長く感じた。
「えっ」
「いや、その軽はずみで言ったわけじゃなくて」
「……記憶にないでしょ?」
志乃が小さく笑った。
「お~い」
駐車場の方から龍騎が手を振りながら駆け寄ってくる。
その後ろに天音が…
ぶっ!
「踏まれた…よ」
志乃が前を猛スピードで抜けていく車を見て唖然とする。
「大丈夫だよな…」
紘一も過ぎた車を見たまま呟いた。
龍騎が見つめていると天音がずりずりと龍騎の足をもって引きずってくる。
「あ~…なんだ。道路を横断するときは左右の確認をきちんとすること」




