第57話 懐かしむ町…夜の大阪も紀行しておこう…? ただの息抜きに…
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
「じゃあ…明日」
紘一は、志乃に別れを告げると車に乗り込んだ。
律儀にエントランス前に停めていた車まで志乃が送ってくれていた。
志乃たちをマンションの前で降ろした頃には、すっかり夜になっていた。
正直なところ…このまま滋賀に行くつもりだった。
適当なSAで夜を御明かすのも悪くない…と。
とはいえ、旅に予定変更は付き物だ。
奏音の住むマンションは、近畿日本鉄道大阪上本町駅から徒歩1分という場所にある。
道路向かいにはシェラトン都ホテル大阪もありそれなりの価格帯のはずだ。
下世話な見方は良くないと思いつつも大阪市を東西に貫く千日前通に面した利便性を考えると…
と、ダメダメと頭を振りながらハンドルを握る。
「頭痛いのか?」
「え…お前、天音といるんじゃ…」
「あ…迷っている」
「?」
「女だけの空間に…」
「………」
「何だよ」
「別に」
ゆっくりと車を走り出させる。
「あ…やっぱり、天音が心配だから」
「…天音が残るっていったらお別れだしな…積もる話をしてきてもいいぞ」
「そっか。そうだな。うん。そうする」
急に停まった車に志乃が駆け寄ってくる。
「どうする?」
サイドミラーを眺めながら紘一は龍騎に声を掛けた。
別れるかもしれない。
それは唐突に突き付けられた選択。
きっと生まれたとき…意識が生まれたときから傍にいた存在。
小さな島国とはいえ、それでも世界は広い。
離れてしまえば、故郷とはいえ、再会は奇跡のようなものかもしれない。
コンコン。
窓を開ける。
「どうしたの? 急に」
「密航者が…」
「え?」
志乃はコンソルから助手席に飛び降りて隠れているつもりの龍騎を見てクスッと笑う。
「天音のところに帰ろう」
「し、かたねぇな…」
龍騎はコンソールの上から紘一の太ももを踏んで志乃の胸の中へと飛びこんだ。
窓を閉めておいてやるべきだったと紘一は一瞬後悔する。
「じゃあ、明日」
志乃が小さく手を振る。
紘一も片手を上げると、今度こそ車を走らせた。
谷町九丁目から大阪城方面へ向かう国道沿いは、昼間とはまるで表情が違う。
仕事帰りに少し飲んだだろう人たちが駅へと吸い込まれていく。
地下道へと流れるゲートも多いのに地上を歩いている人が目につく。
国道沿いから一本路地に入ると飲み屋が並んでいる。
ただホテルも決まっていない状態で、一杯というには駐車料金が…
夜のこの地区では上限付きコインパーキングは少ない。
というわけでは、飲むのは諦めて夜の街を走らせる。
まだ信号待ちの列ができる時間帯だが、日中の半分もない。
車のライトが途切れることなく流れ、赤や白の光がアスファルトに滲んでいた。
東京の夜は、銀の街に見えるが、大阪は金の街に感じられる。
彩豊かなネオンに変わりはないが、基調となる色合いの違いだろうか。
「せっかくだし大阪の夜も」
紘一は何となく呟いた。
何が大阪なのかと聞かれると困る。
でも、この雑多な感じは嫌いじゃない。
少し歩けばマンションが並び、その隣には古びた居酒屋がある。
さらに数十メートル進めば小洒落たバルがある。
その向かいには昔からありそうな中華料理屋も。
チェーン店よりも老舗の料理屋風な店が並ぶ。
統一感の無さも大阪という町の魅力なのかもしれない。
千鳥足の歩行者を見ると夜風に混じって様々な匂いが流れてくる気がする。
焼き鳥。
鉄板焼き。
揚げ物。
そして…アルコール。
少し窓を開けてみる。
どこからともなく笑い声が聞こえる気がする。
病院の悲鳴や怒号がようやく流されるよう気がした。
勝手を言うのは酔っ払いも同じ。
でも、素直すぎて、笑える。
酒に酔うのと自分に酔うのではこれほど違うものかと苦笑が零れた。
車は谷町筋を抜け長堀通りへと入っていく。
約4キロ、時間にして十分ほど。
それなのに、賑わいは一変する。
本町という街はいわゆるオフィス街だ。
夜になれば静けさを伴う。
その一角のコインパーキングに車を停める。
夜の本町は静かだった。
以前、来たときも、こんな時間だった気がする。
ただ、あのときは人がいなかった。
パンデミック。その言葉一つでまとめていいのかは、いまでも疑問に思う。
飲食店の灯りも少なく…町が夜の闇に飲み込まれているのでは…と感じた。
食事をするにも予約客を受け入れる程度の営業ばかり。
世界がどうなっていくのか、そんな不安の中で誰もが必死に生きていた。
正直なところ、取材をするまではテレビの中の世界。
もちろん関東でも騒ぎになっているから身近な話題ではある。
ただ近付かなければ…結局はどこか他人事になっていた。
それに、リモートという仕事の仕方が加わり、家の中でする仕事が増えると…
記者とはいえ、担当でもない限りその内容を深める機会は減ってしまう。
結局、自分の仕事に追われて、情報は誰かが調べたものだけになってしまう。
それが知人が感染したことで意識は一変する。
入院できない環境。
家族のいる環境で自己隔離ができない状況。
行政がホテルを借り切りホテル隔離という方法をとってくれる。
その対応が正しいのかどうかもわからない。
それでも感染拡大を避けるためには必要な処置だったのだろう。
様々な情報が洩れ、眉唾な対応方法であってもこぞってそれを取り入れようとする。
一種の特需も生まれていた。
それでも、それが未知の物に対する対抗だった。
それらの行動が、どう功を奏したのかはわからない。
ひと時の安心…それに身を委ねる人種なら記者にはなっていないのだろう。
少し落ち着きを取り戻した時期の取材を葉月に言われた。
本来は、葉月の部署で扱うものではない。
社のお抱えの記者が手をこまねく状況の中で、フリーにお鉢が回ってくるのは…
まぁ珍しくもないことだった。
これから、立ち直っていく世界を記事にすることで感化される人がいるかもしれない。
頑張ろう、と立ち向かっている人たちを応援したい。
そんな思いを、できるだけ、熱い足掻きを記事に…それが葉月が求めたものだった。
でも現場に…足掻いている場所にくれば違う。
助成や補助を受けても、耐えきれない店主は少なくない。
結果、店を閉める決断をした人もいる。
縁あってその人たちの話をきいた。
うまく立ち回れた人もいる。
でも無骨に頑張る人ほど…どうすることもできない現状に飲み込まれていた。
従業員を解雇した人がいる。
借金を背負った人がいる。
数字の向こうには、必ず誰かの生活があった。
パンデミック…その言葉が重く圧し掛かってきた気がした。
だからと言って背を向けるわけにはいかない。
社からは、特別に危険手当が出ている。
それに記者という仕事は厄介だ。
数字だけを書けば簡単なのに、その数字の裏側まで見てしまう。
日本のどこにいても感染リスクそのものは変わらない。
それでも自衛するために様々な規制がかけられた。
飲食店の持続化給付金もそのひとつだ。
詐欺まがいの話もあったが、その手の取材はしていない。
ただ、あのときのホテルがこの近くだった。
取材の合間に何度も歩いた街だ。
気付けば自然と足が向いていた。
どこか街全体が息を潜めていたのも…
マスク越しに話をしていたのも…
店に入る前には消毒液を探していたのも…
もう、あの頃は…という話になるようになった。
それを復興というのかは知らないが…まぁ、人が酔いながら歩いている景色に安心する。
笑い声も、大げさな転倒も、小競り合いも…
当たり前の光景が戻っていると思える。
紘一は一軒の店の前で足を止めた。
路地のような通路を通り入る店。
『肉バル髭ぞう』
その看板を見るだけでホッとする。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




